2007.06.03 Sun
姓名判断2
顔が似てくるとか、仕草が似てくるとか、そういった普通の遺伝以外の思考的な遺伝。それがあるとしたら、少なくても、私はウチの家系の男にでる「証」がありますから何がしかを引き継いでいることは間違いないのです。
思考回路や、もし記憶の遺伝などあればすごいですけれど、それに近いものを受け継いでいると思っています。
何が言いたいかというと、姓名判断について実際に名前の統計をとったり、研究をしたりしたのは祖父と父ですが、私はそれをそのまま受け継いでいます。これは記録などをみて文字で引き継いだということ、それに加えて遺伝的なもの、DNAで受け継いだものがある、ということ。だから自分自身で数十年かけて研究をしたのと同じことであるということ。
ちょっと厚かましいですが・・・(ずうずうしいですけれど)
でも私の家系の「証」が私にはあって弟にはない(弟も普通に血はつながっています)。一子相伝というわけではないですが引き継いだはず・・・
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その御自分の説によると、私の行なうやりかたに一部疑問があるとのこと。具体的なことは資料をお送りするということでした。
私には白色に見えているものが、その方には一体何色に見えているのだろう。何をもって異論を唱えているのか興味はあります。
なので、もしよければ資料を送って欲しいと、ただその新説に対しての意見や反応をいつ返えせるかはわからない。
というのは、私は神主ですから神明奉仕が本義です。新しい説に関してそれを検証したり研究したりするのに時間を費やすよりも、その分を人と神の間を取持つことが大切だと思っています。
命名に関しても私が行なうのは姓名判断による名前の鑑定ではなく、命名の儀礼を行うのです。名前を決めて、命名書をつくり祭りを行い名前を神に報告し、みなにお披露目する。俗にお七夜の儀式と言いますが、そういった儀礼を行ない、人と神との間をつなぐことが神主の役目です。
もちろん姓名判断による良い名前であるにこしたことはありませんが、もし姓名判断上よくない名前であっても、神と人との間を取り次ぎその後の人生をよりよいものにすること。姓名判断もきっかけのひとつであり、重要なのはそれにどれだけのことが付加されるかです。
私が判断する方法は先々代から2代にわたり60年以上かけて研究してきたものであるので、3代目の私はこれ以上は研究より実践に時間を使おうと思います。
(↑すごくわかりにくいと思います。頭がぼんやりしてなかなかまとまりません。申し訳ないです)
というようなお返事をしたところ、その返事に対するお返事を頂きましたが、資料を送るとは書いてありませんでした。う〜ん・・・
あまりまとまっていませんが、そういうことです。
ちなみに相続の「証」は服を着ると見えないところに現れますので家族か、あとは私のお嫁さん(いつ見つかることやら・・)にしかわからないと思います。
ケンシロウのように毎日服が破れるわけではないですから・・・<(_ _)>
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| 不思議のはなし | 23:37 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

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| ポルコ | 2007/06/04 20:08 | URL | ≫ EDIT