ノーギョー2

前回からの続きです。先に前回の記事を読むことをおすすめします。

日本では先に書いたように神様は稲を作るし、機を織る、人間もそれを真似ることで神様に近づくことができる。要するに働くことは神様に近づく尊い行為であり、働けるということが幸せであるといっています。私はこれものすごく素晴らしいと思います。


そのなかでもお米をつくるということには特別大切にしています。お米はわたしたちの主食であり命をつなぐための最も大切なものであるのでそれも当然です。
お米を特別に大切に考えてきたというのはいろんところにそれが残っています。神社に納める金銭のことを初穂料(はつほりょう)といいます。これは元々は神様にその年初めてとれた稲穂をお供えしていたことから、お魚や野菜など稲穂以外のものでも神様にお供えするものを初穂と呼ぶようになり、それで初穂料というようになりました。
また今はお金で物の売り買い、やりとりをしますが、昔はお金でなくお米・稲でやりとりをしていました。そんなこともあります。


さらに、さらに
先月、11月23日には日本全国の神社で一斉に新嘗祭(にいなめさい)というお祭りをおこなっています。新嘗祭はその年に収穫した新米を神様にお供えして収穫を感謝するお祭りです。
昔は新嘗祭をおこなって、収穫を感謝して神様にお供えして、それからはじめて人間が食べるそういうものでした。現代においてはそのような習慣はほとんど忘れられ失われていますが、とても素晴らしい文化だと思います。ちなみに新嘗祭は皇室でもおこなわれており、天皇陛下もされます。それで、天皇陛下は実際に新嘗祭をおこなって神様にお供えし、感謝の祭りをおこなった後でないと新米を食べることはされません。
日本の文化というか風習というか、それを守り後世に伝えてくださっています。昔の日本人はみんなそうだったんですけどね。
お米以外の食べ物ももちろん大切ですが、日本人にとってお米は他のものと比べてもとりわけ大切にしてきたものです。これは国によっていろいろあると思いますが日本の場合はお米がそれにあたります。

それをふまえて、冒頭で書いたトーキョー・プリティ・パパ、略してTPPですが、TPPについてはどうなんだろうと考えると、やめておいたほうがよいと私は思ってしまいます。

本当はTPPとは、Trans-Pacific Partnership の略で
Trans Pacific(太平洋を囲む国々の)Partnership(パートナーシップ)
要するに太平洋の周囲の国々で輸入や輸出、売り買いを自由にしましょうというようなものです。
普通、外国の品物を日本に輸入して売る場合は関税という税金がかかります。これは外国のものばかりが流通してしまうと自分の国のお仕事がなくなって、国民がこまるかもしれないから、それを防ぐためでもあります。
TPPはこの関税をなくしましょうというもので、大阪でつくった品物を東京で売るような感じで国境をこえて国同士で自由にやりましょうというものです。多分。
輸入も輸出も関税がなくなり、日本でつくった品物も外国へ輸出しやすくなるので、輸出が増えるから日本の景気もよくなるはずだ、という理屈のはずです。

ただ国によって国土の広さ、環境、文化、習慣はまったく違うわけですから、その国にあったやり方があります。農業に関していえば、地平線のみえるくらいの広大な農地に、空から飛行機で種をまいて、ヘリコプターで農薬を散布して、そういうやりかたをする国もあります。仮につくるものは同じだったとしても、日本のそれとはまた違うものだと思います。

先ほど書いたように、日本にとってお米をつくるということは神様の行為を真似る尊い行為である、なので大げさに聞こえるかもしれませんが、誠心誠意、命をかけて、お米をつくるります。これが文化であり、文化とはその国そのものです。
国それぞれに文化があり特色があるのだから、世界中みんな一律に同じようにはできないでしょう。外国に新嘗祭はありませんし、日本にとっては単純にものとしての「米」だけではなく文化そのものですから。文化がなくなれば国でなくなります。

日本は資源のない国だから資源を輸入して製品を輸出する、貿易立国としてやっていかないと成り立たない、とプリティ・パパが発言していたように思います。しかしそれは19世紀、20世紀の西欧的な考え方だと思います。資本主義、大量生産、大量消費。
消費することが美徳とされた考えの延長であると感じます。原子力発電所の事故もそうですが、私たちの生活スタイルがこのままでいいのか?と考えなければいけない時期にきているのだと思います。いま転換期を迎えているはずです。私が思うにそれに逆行しているのではと感じます。

人間が生きて活動すること、ものを生産することや消費すること、これそのものはごく当たり前のことで、それは自然のなかの営みの一部です。しかし今の人間の活動は自然の枠を大きくはみだしている、それに私たちひとりひとりが気付かないといけないのだと。
昔の人は自分たち人間も地球の大きな枠の中に生きていると認識していました。木を切るにしても全て切らないように制限をしたり、切ったあと植えたりしていましたし、海の恵とお魚を獲るにしても獲り過ぎないように量をきめて漁をしていました。
いまそんなのないですものね。儲かるからと制限なしにやりますから。


で、具体的にはどうすればいいのか?というときに神道が重要になってくると思います。
お寺なら仏教ですが、神社のことを神道といいます。神道には聖書やお経のような経典はなく、明確に体系つけられた教えがあるわけではありません。
「浄明正直」、浄く明るく正しく直くそのように生きること、また神道という名前からもわかるように、神の道にそった生き方をすることを大切にします。人としての都合とか善悪ということだけでなく、もっと大きな枠でとらえた価値観、宇宙や地球という規模、また永遠に変ることのない、ものごとの正しい在り方、それにそった生き方をすること。それが神の道、「神道」です。

それに照らし合わせて考えてみると、原子力のことや、大量生産大量消費、これらが地球や宇宙規模で考えた場合正しいのかどうかはおのずとわかる気がします。

そんなことで、わたしはTPPって、単純に輸出、輸入の取り決めというだけでなく、今までとおりの、安く大量に生産し消費、そしてあまったら捨てる、このスタイルを続けるのかどうか?というそいう問題なのではないかと思っています。私はね。



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コメント

日本人として

トーキョープリティーパパは、確かに難しい問題だと思います。国民が充分考える間もなく決まってしまいましたが、そこには不安がつきまといます。私自身、日本人として、どんなに安い米が外国から入ってこようと日本人の魂であり、主食である米を日本以外の土地で出来たものを口にするつもりはありません。
これは私個人の考えですが、子供だけに限らず、現代人が切れやすくなったり、犯罪が凶暴化して来たり、やたらアレルギーを持ってる人が増えたのは、食事が欧米化したからではないかと思うのです。

昔から言われる日本人が大切にしてきた魚や野菜が中心だったり、三白(豆腐・ごはん・大根)をしっかり食べる食生活を大切にすれば、現代の憂いが少しは減り、また、TPPに参加しなくても日本は回って行くように私は思います。

2011/12/04 (Sun) 18:25 | 見古都 #- | URL | 編集

TPPの参加・不参加で騒いでいたとき、
「もうこれ以上、世界に染まろうとせんでいいやん・・・」
と思いました。
私も、これだけ食物アレルギーが増えているのは、食の欧米化影響だと思います。
今や、科学物質でも知らず知らずのうちにアレルギーを起こして、日常生活を送るのが困難になっている方までいるんですよ(涙)

「日本」という国を、もっともっと大事にしてほしいし、していきたいです。

これ以上のアメリカ化はいらないです。




☆見古都さま☆

キノコの歌、ユーチューブで聞きました!!
あの出だし部分、頭から離れません・・・
人間のキノコさんは足の指を骨折しましたが、
ノコノコ歩いてはいません。
すったかすったか歩いています(笑)

2011/12/04 (Sun) 20:31 | キノコ #- | URL | 編集

お金には代えられない大切な何かが失われてしまいます…。
私はそれを失いたくはない、と悲しみながら、国産の大切に育てられた大豆で作られた納豆を頂いています。
子供の健康管理を踏まえ、砂糖、塩なども天然ミネラルの含まれた優しい味わいの和の素材を選ぶようにして気づきました。なんだか、ありがたいことに。
…お値段はありがたくないです。。

2011/12/05 (Mon) 02:40 | しゃみら #- | URL | 編集
見古都さま

食事の変化と現代のかかえる問題についてはなんらかの関連はあるような気がしますね。あとは生活習慣も。寝る時間とか、家族が接触する時間とか。

トーキョー・プリティ・パパはたしかに難しい問題ではありますね。
ただ、単純に製造業にメリットがあるとか、農業に打撃があるとか、医療にデメリットとか、そういうことでなく、経済成長を続けないと国の発展、国民の幸せはない、そういう考え方から転換しないといけないのではないかなと私は思います。

2011/12/07 (Wed) 21:18 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
キノコさま

日本にはせっかく素晴らしい食文化があるのにね。もったいない。

グローバル化というものが、この先本当に必要なのか。
わたしそれが疑問です。
国、地域で文化、習慣、違いは明確にあるのですから。その違いを違いと受け入れて、互いに尊重しあうことが重要ですが、それは経済のうえでのグローバル化とはまた違う気がしてます。違いを違いと互いに認めあって、それを尊重するのですから、むりに統一することは、それはどうなのかと。

2011/12/07 (Wed) 21:25 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
しゃみらさま

文化ですね、文化。それは日本という国、そのもの。
国っていうと別に形があるわけでなし、個人にとってたいして大事なものではないように思われがちですが、国とは個人の集合ですから、またその国は歴史とともに人々が生きてきた時間とともにつくられています。それは私たちの親の親の親、ご先祖様たちですから、自分たちの歴史そのものですよね。
なんだか話しそれましたね。すみません。

2011/12/07 (Wed) 21:29 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集

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