幸せのかたち2

前回からの続きです。前回の記事を先に読むと意味がわかります。
世界では1日に4万人の人が餓死しているけれど、日本で廃棄される賞味期限切れの食品は1日に2万トン以上。全世界中の5人に1人は一日の収入が100円以下であったりする。

いま日本では餓死する人はほとんどいないし、たいていのものが手にはいる。失業率は高くて仕事になかなかつけない、仕事をしているのに生活していけない、いわゆるワーキングプアというものもあったりしますが、でもそれとは根本的になにかが違うような気がします。

私がふと疑問に思うこと。仕事につけない人がものすごく多い反面、仕事の担い手が不足しているところも本当にたくさんあるということ。
食料の自給率が40%を下回っているいま、自分の国で自分たちが食べるものを作ることはとんでもなく大切なことですが、農業にたずさわる人がいない。農家の後継者が不足して廃業する農家が続出している。
よく聞くはなしですが介護の分野でも人手が足りないので外国から労働者を募集しなければいけないらしい。
職人の世界でも後を継ぐ人がなく、廃業するところ、技術がどんどん失われているようです。
仕事をしてくれる人がいなくて困っているというところと、仕事がないと言う人、これがなぜ同時に発生しているのかが素朴な疑問です。

世の中の基準が経済的な価値観が重要視されているし、人の楽しさ、さらには幸せまでも経済的に測られているようなところがあるから。
仕事でお金を稼いで、欲しいものをたくさん買うのが楽しい、休みの時間にいろんなところに旅行する、高級でおいしいものを食べる、それらがいっぱいできることが幸せ。誰だったか忘れましたが、人の幸せの90%はお金で買えると言われ(書いて)ていたような気がします。すべてがそう思っていないとしても多くの人は多少なりそのように思っていることでしょう。
(ちなみに仕事でお金を稼ぎ、それで趣味や自分の好きなことをする。これって欧米の考え方です。日本はまたちょっと違っていたのですが、それは次回にはなします。)

これは私もわかります。私自身、そうでしたから。ブログでも以前書いていますし、「神主ライフ」の本でも書きましたが、私が神主になるときのはなし。
神主になることにものすごく抵抗を感じていました。神社の家に生まれたことにコンプレックスがあったからですが、(詳しくは過去記事を参照か、本を読んでくださいませ)でも神主の養成所で勉強させてもらって、資格をいただいてからそのコンプレックスはなくなりました。
でも神主の資格をいただいてからすぐには神主として神社で奉仕することはしませんでした。これ、心の中でどんな思いがあったかというと
神社で神主として奉仕するということが、いわゆる「出家」みたいなイメージをもっていたので、そうするともう俗世間から隔離されて、遊べなくなるんじゃ・・・というようなそんなことを考えていたように思います。この遊べなくというのは先に書いているような、自由でいたいとか、いい車にのったり、たくさん旅行にいったり、みたいな経済的なことです。


その後いろんな経験をして実際にはいまこうして神主として神社で奉仕しているわけですが、その当時考えていたようなことは「あぁ、そうじゃないなかったなぁ」と思います。
欲しいものが手に入るとか、いろんなところに旅行にいけるとか、おいしいものを食べられるとか、自分が自由に行動していられるとか、それって幸せそのものではないなと思うようになりました。

私いま、欲しいものを手に入れられているかといえば自分のものはほとんど何も買っていない気がします。365日神社でご奉仕だと旅行は一切いけませんし、たまに宴席などでご馳走をいただけますが、普段わたしものすごい粗食ですし。自分の自由な時間があるかというとほとんどありません。睡眠、食事、お風呂、これ以外の自由時間って1日平均1時間くらいでは?とすら思います(これよく考えるとひどいな)
でも私なんだか幸せと思えています。

なぜなのかなぁと今考えてみたのですが・・・なぜでしょう。あまりよくわかりません(笑)
「自分」を「自分」だと思っていると、得した損したとか、もっといいものを自分のものにしたいとか、「自分にとって」という基準でものを考えると思います。
でも「自分」は自分ではあるけれど、それと同時に別のもっと大きなものの一部分であると思えればあまり不満はなくなるし、不安に思うことも少なってくるように思います。

日本では私たち人間は神様から分かたれた存在である、神様の子孫なのだといわれます。自分は自分だけのものではありません。私は今ここにいますが親から生まれている、親はその親から・・・とさかのぼっていけば神様にたどり着きます。
地球ができたときには誰もいない、何もなかった。でも今自分がここにいるということは・・・・無から誕生したとき、それはもう想像もできない力が働いたからでしょう。それ、神様とよんでみます。
人間だけでなくて、この世のすべての始まりはそこ、同じものです。木も海も鳥も石も。だからすべてのものには神様が宿っている、木の神、海の神などなどそれらを八百万の神というわけですが、私たちもその一部分なんですよ。

そう思えると、ちょっとなにかが変る気がします。今の季節うちの神社では大木から落ち葉が降り注いでいます。1シーズンで4tトラック満載になる落ち葉です。それを私毎日掃除するわけですが、別に邪魔くさいとか、なぜこんなに葉を落とすねんとうっとうしくは思いません。
その大量の落ち葉にうもれながら、ほうきで葉っぱを掃いていると自分もその一部になった気がします。
木の実を鳥が食べて、その種を運んでいき、別の場所に新しい芽が出る。この世の中のものってどこかでつながっているものなんです。勿論人間も例外ではありません。
大木は毎年決まって秋になると葉を落とすし、私は決まってその落ちた葉をあつめる。自分もその輪にいるなぁと感じられます。
それってけっこういいかも。って思いませんか


めちゃめちゃ長くなったので今回のはなしはここで終わりますが、関連して書きたいこともあるので明日べつの記事としてもう一度書きます。



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コメント

農業はしたいからできるシステムではないのでは?ハローワークで農業があれば、する人はいると思います。私が健康でお金に困ればできます。少なくともチャレンジしてみます。でも介護はできないです。もっとお金が高くてもできないです。適性を問われる大変な仕事だと思います。

2011/11/22 (Tue) 21:38 | チューリップ #- | URL | 編集
自分であること

帰りました。私も神主さまと似たような気持ちになります。

私が務めてる幼稚園は、小学校と併設です。園長と校長は兼務です。クラスは5歳児の1クラスのみ、教諭は私と助教諭の2人です。
小さい幼稚園ながら、やることは、大規模園と変わりありません!

だから、神主さまとは比べるべくもないですが、毎日フル回転です。
夏休みや冬休みも、ありません。
まあ、年末年始は休みを頂いてますが、動物(ウサギとリス)がいるので、交代で出勤します。
でも、それが大変だとか、面倒とは思ったことはありません。
子供の時から、なりたかった職業ですから、幸せだと思っています。
気が付くと小学校の先生もみんな帰って私だけってこともありますが…そんな時でも、時々幸せを感じるくらいです。

自分が自分として生きていけるくらいありがたいことはないですね。

2011/11/22 (Tue) 21:47 | 見古都 #- | URL | 編集

今が旬のキノコです。
今日(というより昨日)は4時に起き、電車と徒歩で1時間かけて通勤、ほぼ7時間たちっぱなしでした。
その後ベリーダンスを習いに行き、めっちゃ腰を動かして体が疲れました。
おまけに、かなり眠たいので、変です。
そうとうにテンションが変です。

そんな旬のわたくしキノコですが、幸せのかたちについて、どーしても言わせていただきたい事があります。

わたくし、以前は超大手の企業に勤めていました。
成績も良く、上司にも恵まれたおかげで、今思えば相当な金額(って、大したことはないですが)のお給料をいただいていました。
が、当時は不満だらけでした。
体もぼろぼろでしたし。
血まじりのおう吐物を吐いた時に、こりゃだめだと辞めましたが。

今は、それはもう自由人すぎるほど自由人です。

企業で働いていたときよりも、色んな世界を知り、色んな人たちと出会い、仲良くし、毎日が楽しくて仕方ありません。

でも、前の企業の人とか、いわゆる世間一般では、みんなこう言うんですよね・・・
「なんであんな大企業辞めたん!!もったいない!!
今よりも昔のほうがいいでしょう?」と。

いやいやいや。とんでもない。
そこで働いたことは、今の私を形成するには必要不可欠なことだったと感謝していますが、昔に戻りたいとは思いません。
今が幸せです♪

今は、自分一人で生きてるわけじゃなく、みんながいるから生きてこれたわけで、眼に見えるものだけが存在しているわけでなくて、眼に見えないものもたくさんあること。
眼に見えないことも、うんと大切であることを知り
色んなことを勉強できる自分を幸せに思うのです。

・・・相変わらず、長文やし何が言いたいのか分からないですが、どうしても言いたかったので書き込みさせていただきました。

失礼いたしました。

キノコは今も旬ですが、冬も春も旬ですよ♪(キノコ調査)

2011/11/23 (Wed) 00:41 | キノコ #- | URL | 編集

自分の時間って、働いてるときも寝てるときも全部自分の時間、自分の人生だと私は思ってます。
自由ってのは「みずからをよしとする」って意味だって、誰かが言ってた。坂本竜馬に扮する武田鉄矢だっけかな。

誰かの何かの国とか社会とかのせいにしたときから「みずからをよしとしなくなる」から、自由じゃなくなるんだと思う。
なにやってもいいよ、って言われてもそういう人はなんにもできないんじゃないかな。
それは自由とは言わないとおもう。

自由とは、なにをやるにしても結果や責任は自分で引き受ける覚悟とひきかえに、得るものだと思います。

どうだ、たまにはまともな発言をするだろう、えっへん。

2011/11/24 (Thu) 01:17 | なな #XrwkbYLc | URL | 編集
キノコさま

かなりハードな1日なんですね。
しかもキノコは冬も春も旬なんですか。しりませんでした。

いまの自分があるのは、それまでに経験してきたことがあるからですね。
目に見えないものを大切におもい、いろんなことを勉強できる自分を幸せに思う
そういえることは素晴らしいですし、そういう言葉が出てくることが幸せですねほんと

2011/11/27 (Sun) 21:20 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
見古都さま

そのように幸せと感じられることができるのは素晴らしいです。
そういうときはすさまじいハードスケジュールでも、疲れても気力が充実してくるから健康を害することもすくないですよね。
幸せは難しいけれど、意外と簡単で、身近なものであったりしますよね。

2011/11/27 (Sun) 21:25 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
チューリップさま

そういわれてみれば、現代の農業はシステム的な面でも考えなければいけないところはありますね。
ハローワークに農業はたしかにないきがします。

2011/11/27 (Sun) 21:28 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
ななさま

働いてるときも寝てるときも全部自分の時間、
そのとおりですね。自分が生きているということはそれらすべてをさしているのですから。

いえいえ、いつもまともな発言ですよ。
たまにするどすぎてハッとさせられることもあるような、ないような(笑)
自由については結果や責任を自分で引き受ける覚悟と引きかえにということを、理解していない人が多いですよね今。自由、権利と義務はセットということも。
たしか以前ブログで書いたきがしますが、個人主義のそれとも同じことがいえると思います。

2011/11/27 (Sun) 21:34 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
子供達のプレゼント

はい!

おかげさまで健康を害することはありません!

ただ…

インフルエンザが流行ったりした時、最後に子供達からキツーイのを移されることもありますが…なにせ、私と子供達の接触結構濃厚なので(^w^)

2011/11/27 (Sun) 22:16 | 見古都 #- | URL | 編集
Re: 子供達のプレゼント

ああ、それはあるかもしれませんね。距離はとても近そうですから

2011/11/29 (Tue) 21:20 | 神主 #- | URL | 編集
おんなじ…かな?

今日、園庭の落ち葉を掃除してました。
掃いた先から落ちてくる葉…

集めては焼却炉に入れて燃やして行きますが、
少し日が傾きかけた園庭でハラハラと落ちてくる葉っぱを見ていたら、あ~神主さまが自分も自然の一部分と感じたと言うのはこういう感じかな?とふと思いました。

確かに、幸せだなって思えましたよ!

2011/12/05 (Mon) 21:32 | 見古都 #- | URL | 編集
見古都さま

同じかもしれませんね。
人は一体感というか、自分の根源というか、どこからきたのか、どこへいくのか、それをわかる、感じたとき幸福となりますからね。

2011/12/07 (Wed) 21:35 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集

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