エネルギー2

前回からのつづきです。
神社、神道はこの世界には八百万の神々がおられる。この世の全てのものには神が宿っている。木には木の神、海には海の神、風の神などと表現します。
じゃぁ、自然界にもともと存在しない物質が、原子力発電の廃棄物として生み出されたとしたら、人間がそれを作りだすことは神の心に通うことなのか。
そんなわけありません。


私は原子力開発はするべきでないという考えです。
でも電力がなければ現代の生活、経済活動は維持できない、それはどうするのか。極端なはなし、現代社会、生活スタイル、経済活動を維持しなくてもいいのではと思っています。(極端なはなしです)
電力がなければ会社や工場が営業できないから、経済活動がにぶり、雇用が減る。経済活動は人の社会が繁栄するうえで重要ですが、しかし経済は永遠に成長し続けなければいけないのかといわれれば、その必要はないと思います。
もちろん人の社会は繁栄し続けてほしいと願っていますが、人の社会の繁栄と経済が成長することとはまた別であると感じています。
ここ100年くらいで人間社会は劇的に変化しています。サムライがちょんまげ頭で刀を差して歩いていた時代なんてたった150年前です。坂本龍馬や新撰組の頃ですが、その頃と現代とでは笑うしかないくらい違います。
でもさらに300年ほど前(今から450年前)、徳川家康の時代と龍馬の頃の時代を比べてみてもそれほど大きな変化はないのだと思います。
家康の時代から龍馬の時代までの300年の間にはそれほど大きな変化はありませんでしたが、その後の100年でなにもかもが劇的に変化しました。もう天と地がひっくりかえるくらいの変化です。空に浮かんでいる月に人が行ってますし、地球の裏側にいる人と話せたり、リアルタイムでやりとりしているんですから。

技術の進歩はすさまじいものがあり、今わたしたちの周りにある機械や道具からは計り知れない恩恵を受けています。
また「楽しむ」ということもすさまじく発達していると思います。テレビや映画、海でスキューバダイビング、空からスカイダイビング。
交通機関が発達していますから、旅行の範囲がものすごく広がっています。昔は「一生に一度は伊勢参り」、一生のうちに一度は伊勢神宮に参拝したいなぁといわれていたのですが、今は日帰りで伊勢参りできます。
飛行機にのれば外国へも簡単にいけます。海外旅行が当たり前になって昔の人が絶対にみることができなかった場所へ現代なら簡単に行くことができます。


これらすごいことです。
交通機関が発達したことで行動範囲が圧倒的に増えて、移動時間が桁違いに短縮された。移動時間が短縮されればそのぶん、別のことに時間が使えるようになります。
電気がありますから夜も昼と同じように明るくすることができます。昔なら真っ暗で活動できなかった時間も今は活動できます。
医学、医療が進歩して病気やケガをなおすことができるようになり、そもそも寿命がものすごくのびた。人間50年の頃もそれほど前でないですし。

これらのことで150年前から比べると、人間が使える時間は3倍以上になっているのではないかと思います。


では、使える時間が3倍以上になったとして。
使える時間が3倍になれば、昔の人にくらべて3倍のことができるわけです。さきに書いた「楽しみ」の時間も、種類も昔の人とは比べようもないくらい多いと思います。

じゃぁ、昔の人と比べて、現代人は3倍、幸せか?

そう問われたら・・・


つづく・・・




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コメント

幸せって?

日本は、豊かな国とちまたでは言われますが、はたして本当に幸せなのかなって思います?
毎日どこかで起きる事件や事故、そして幼児虐待、これが豊かな国の姿なのでしょうか?
便利になって、出来た余裕が人々の余裕にはなってないと思います。

2011/12/06 (Tue) 20:38 | 見古都 #- | URL | 編集
見古都さま

いわゆる物質の豊かさと心の豊かさですね。
20世紀の大量生産大量消費の時代を経て、やっぱり物質的な豊かさだけでは幸せにはなれないといま人々が感じているということですよね。

2011/12/07 (Wed) 21:36 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集

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