おい4

先日の記事の続きです先に前回の記事を読んでもらうと意味がわかります。

日本で最も古いといわれる神像は翁(おきな)、ようは老人の姿をしています。この神像だけでなく、書物などに登場する神様は翁の姿であることが多くあります。老いが衰退ならば、神様をあらわすのに老人の姿にすることはおかしいでしょう。

どういうことなのか。私が聞いてインパクトのある表現だなぁと・・・でも確かにそうだと思ったのが、
老人は神に最も近い人である。
そんなことがいわれます。

人とは神の子孫である。神から分かたれた存在である。神道はそのように表現します。神と人には絶対的な区別はない、人の延長線上に神がいるということです。

空気はこの世界のあらゆるところに満ちています。神もそれと同じでこの世界のあらゆるところに満ちています。今仮に神様を空気にたとえます。以前の記事で書いていますが、人と神の関係をたとえると、人間の存在って空気をビニール袋に入れたようなものです。
ビニール袋の中と外。ビニール袋で区切られているだけで同じ空気です。人は生きている間は肉体というビニール袋で外の世界と区切られていますが、本質は神様と同じってことです。
で、ビニール袋の口が開くと外の空気と混じり合い、区別はなくなります。今までビニール袋の中に入っていたものは全体の一部になります。
人が死ぬということはビニール袋の口が開いて、外の空気と混じり合い全体の一部となるということです。
老人は神にもっとも近い人
確かにそうだなと感じます。ただし現代においては冒頭で登場したモンスター老人とよばれる人々も登場しているのも現実です。
もともと老人とは先ほど書いたように神に近づいてゆく過程、神と人のちょうど中間に位置する存在です。これは単純に死に近いという意味でなく、長い年月を生き経験を積んで、ある意味悟りに近づくようなものなんでしょう。

老いとは悟りに近づくことだとしても、それ(悟り)を言葉にして話せるかというとそれはまず無理ですが、でも多分、おおくの人は感じることができるのではないかと思います。
前回に書いているように、人は無いことを知ってはじめて在る事がわかります。自分の自由にならない体、自分だけではできないことが増えてくる。それらを経験することでわかることがあるはずです。老いるとはそういう経験を積み神に近づくのではないでしょうか。
神になるかモンスターになるか、それは自分の内側次第なんでしょう。しかしまたそれも絶対的に別物ではありませんけどね。

人は「個人」ということを強く意識する生き物です。でも本来、たしかに「個人」ではありますが「全体」の一部です。
人の幸せというものは、自己と他(全体)の一体を感じることです。当たり前ですが自己に固執してしまうと一体となることはかないません。
老いるというのは、そういう本来あるべき姿に近づくこと、それを少しずつ感じていくことなんだと思います。


私はまだ人生の半分ですから、今回の記事は本当に想像というか、頭で考えているだけのことです。まぁたわごとと軽く聞き流してくださいませ


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コメント

悟り

悟りといえば、不思議なことがありました。

私のお祖父ちゃんは老衰でもう長く入院してるのですが、
入院当初は体調も安定しなくて、危ない状態を彷徨ったり
していました。
私はお勤めの関係でなかなかお祖父ちゃんのところへ
お見舞いに行けなかったのですが、お勤めを辞めてから
ちょくちょくお見舞いに行くようになりました。
そうし出してから、お祖父ちゃんは一度も容態が
急変することなく過ごしているんです。

先日、鼻からチューブを通して水や栄養剤を摂取している
お祖父ちゃんをみながら「あれっ??」と思いました。
私の名前には『華』という漢字がついているのですが、
親戚が「今一番いい栄養剤つかってるね。(クスクスクス・・・)」
と笑っているんです。
なんで気づかなかったんだろうと思いました。

私が産まれ、家族に育てられ、今は自分の足で色々な人に出会うことが
できるようになっていますが、その生活の中で、自分に宿っている天真
に気づくことって、どうしてこんなに難しいんだろうと思います。

私はただ「祖父ちゃん未だ逝かないで~((涙))」と神様に御祈りしていた
だけです。
ちゃんと通じていたんだと解ったとき、今まで感じてた愛ってなんだった
んだろうと思うくらい大きなものを感じました。

それもこれも私というお祖父ちゃん大好き♡な甘えんぼな孫を心配して
「そろそろ覚醒してね。」という神様の配慮だったかもしれません。

ちなみに、名前繋がりのネタをもうひとつ。
私の苗字が神主様と同じ『ナカオ』だった場合
私の氏名は上から呼んでも下から呼んでも同じになりました。

名前って色んな偶有性を秘めていて楽しいというコメントでした
ではまたヾ(*-*)








2011/06/10 (Fri) 13:01 | かんち #- | URL | 編集
聞きたい事があります

初めまして。リビングを読んでメールをしました。私は39歳で子供も主人もいますが、かねてより宮司さんななりたく、その為にはどうしたらよいのか?また、女で宮司が勤まるのか?学校は何処が家庭を犠牲にする事なくいけるのか?相談に乗って頂けないでしょうか?お願いします。

2011/06/10 (Fri) 21:59 | ほたて #- | URL | 編集
かんちさま

おじいさんのエピソード紹介いただきありがとうございます。
「華」という字がはいっていて、
今一番いい栄養剤つかっている・・・
どういうことなんでしょうか。わたしいまいちピンときてませんが

上からよんでも、下からよんでも同じで、「ナカオ」となると
「なかおかなで」すね

2011/06/11 (Sat) 22:09 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
ほたてさま

はじめまして。訪問書き込みありがとうございます。
宮司になりたいということですが、宮司とはなにかご存知でしょうか?
このコメントを拝見した限りではご理解されてないように感じます。以前の記事で何度か書いてます。よかったらご覧ください
http://jinjakannushi.blog89.fc2.com/blog-entry-30.html

相談にのって欲しいとのことですので、そのあたりもふくめてお答えいたします。個人情報を含むでしょうからコメント欄では問題ありそうですし、メールくださるか、京都の方なら神社へおこしくださってもかまいません。

2011/06/11 (Sat) 22:16 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
人の延長線上ですね。

お久しぶりです。(^o^)/
ここに来ると諭される事ばかりで、本当に嬉しいです。
神と人には絶対的な区別はない、人の延長線
上に神がいるということです。

以下ビニール袋に例えられた話、分かりやすく表現されて
いて老い・そして漠然とした死後の恐怖感みたいなものが、
私の中で払拭されました。
神主さんの分かりやすい言葉に感謝致します。m(__)m

プリティ・カフェ・チューリップさま

おひさしぶりです。
私ごときがえらそうにどうこう言えるような分野ではないんですが、まだ80歳、90歳になって老いを実際に体験しているわけでないし、頭で考えているだけですし。
でも、そんなことですが、何かを感じていただけたならこれほどうれしいことはありません。
ありがとうございます。

2011/06/14 (Tue) 19:14 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集

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