神札2

昨日からのつづきです。昨日の記事を先によむと意味がわかりますので、おすすめします。

というように先ず、写真に写ることと、宿ることはちょっと違うものであるということをわかっておいたうえで。質問にあった、写真に神気が宿ることはあるのか。というこれは、宿ることはあると回答します。
このときに、神札と分霊(ぶんれい・わけみたま)のことも質問されました。

まず神札と分霊について簡単に説明しておきますと、
神札とは御神札(おふだ)や守札(おまもり)等のことです。これらを本当にひとことでいうと「神様の力のこもったもの」です。神様の力のこもったものを自分の身近におくことで力をわけてもらう、守護を願うというようなものです。たいては紙や木の札に神様のお名前が記されていたりします。
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神札は神様そのものではありません。神様の力の込められたものですから、それ自体が力を発生させるわけではないのです。どういうことかというと燃えている火と、火で焼いた石の関係と同じです。火で焼いた石は真っ赤になって、それを水にいれればお湯が沸かせるくらいの熱を持っていますが、自分自身で熱を発生させるわけではありません。火で焼いたときの熱をたくわえているだけですから、いずれ時間がたてば熱は冷めてきます。
神様の力を燃えている火、熱にたとえると、神札は焼いた石と同じで、神様の力(熱)がたくわえられていますが、時間がたつと冷たくなってくるということです。

分霊の場合は、
燃えている炎に新しいローソクを近づけると火は燃え移ります。火が移った後はその新しいローソク自体が燃えて熱を発します。火を移したからといって元の火が減るわけではありませんし、火は燃えるための媒体さあれば、どんどんと増えていくことができます。
神様は無限の力の象徴ですので、無限に分ける(分身をつくる)ことができます。これが分霊です。神札と違い神様そのものなわけです。
要するに新しい神社をつくるということですね。ある神社の神様を新しい依代(よりしろ)に宿って頂いて、それを新しい社殿に安置することで新しい神社ができるというわけです。この依代は神様が宿るためのもので、鏡の場合もあるし、木や紙で出来たもの、御幣の場合もあります。



で、話しを戻して、なぜ神札と分霊のはなしが出てきたのかというと、神札や分霊は紙や木でできた札に神様の力が宿っています。特に神札はそれそのものには特別な力があるわけではありません。神様の力が込められたものであるとはいえ、物質的にいうなればただの紙です。
しかし、ただの紙であるにも関わらず、その方は神札を頂いてきて祀っていることで様々な奇跡的な力(ご利益)を目の当たりにしたことがある。ただの紙である神札にそのような神のパワーが宿る(そのように実感された)のだから、パワースポットの写真にもパワーが宿り、その写真を持っているだけでも効果があるのではないか?もしパワースポットの写真にパワーが宿らないのならば、神札にだけパワーが宿るのは理屈にあわない。
というようなものでした。ごく簡単にいうと。
ちなみにその方は神札のお力はご自分で実感されており、とても信頼されています。


これの答えが、先ほどの、写真に写ると、宿るとは違うということです。
パワースポットでその写真を撮れば、写真には写っています。これは間違いありません。しかしそこにはパワーは宿っていません。あくまでも写真に写っているだけです。
神札のはなしでいうならば、神札は素材は紙です。素材である紙に特殊な言葉や神様のお名前を記します。筆で書いたり、ハンコで押す場合もありますし、印刷する場合もあります。いつ素材であるただの紙から神様の力の宿った神札に変わるのかということです。
当然これは神主がお祓いをして、神様の力を込めていただくよう祈る「神札遷霊祭(しんさつせんれいさい)」言い方はいろいろありますがこれではじめて、ただの紙から神札になるのだと思います。

パワースポットの写真も同じで、写真を撮っただけではただの写真、そこにパワーが宿るにはそれにプラスアルファの何かが必要なんだと思います。どうやったらそのパワースポットでそれが写真に宿るのかは場所によっても違うのかもしれませんし、私はわかりません。

続く・・・




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