なぜ生きる

昨日の記事で
「なぜ生きるのか」そんなことにはなしがおよびました。
もちろん私にそんなことがわかるわけはありません。

しかしちょっと思うところもあるので、自分の頭のなかを整理するために何かを書いてみようとおもいます。だから今日の記事は完全に私のひとりごとです。
あしからず・・・m(_ _)m


この世には無数の生がある。その数は数え切れるものではない。
人間の体は無数の細胞でできている。その数も数えきるのは困難だ。

人間の体をこの世界とみたててみる。
人間の体はたくさんの部位がある。手があり足があり、目、耳、口、髪、爪、胃、腸・・・それらは細胞の集合体だ。

細胞はそれぞれが生きている。
それぞれが生きているが、脳が指令を出してそれらを統率している。
だからたくさんの細胞(生物)の集合体だけれど一人の人間である。


私の体で生きている無数の細胞は脳によってコントロールされている。
だから細胞には自由意志はない。
手が勝手に動いた。口が勝手にしゃべりだす。なんて言い方をするけれどそれはやっぱり脳が反射的にせよ命令をしているからなんだ、と。
だから細胞には自由意志はない。



・・・・・いや、細胞には自由意志はないと脳は思っている。細胞それぞれに意思があるけれど脳、すなわち私はそれを知らない。細胞に意思があることに気がつかないだけかもしれない。



細胞の側はどうだろうか。自分は人間の体の一部分であると思っているのだろうか。
もし細胞に意思があるなら多分そうは思っていないだろうなぁ。人間が手、足、目、口、耳などが合わさって自分の体だ。それらが合わさったものが自分なのだ。
と思っているように、右手は親指、人差し指、中指、薬指、小指、が集まって、それが自分なのだと思っているかもしれない。

右手にとってみれば5本の指があつまってそれが自分の体であって、それが自分の世界。
脳(私)は自分の体に無数にある細胞に意思があるということには気づかない。
細胞は自分が体の一部であることに気づかない。


・・・つづく
本物の自分のひとりごとなのに本当に続けるか?ちと迷ってます(笑)


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コメント

しげしげと…

自分の右手を眺めてしまいました。
すごい!
そういう発想はしたことがありませんでした。
素直に感動です!
ひとり言とおっしゃらず、
是非続きをお願いします・*:.。☆..。.(´∀`人)

2009/06/25 (Thu) 00:03 | LINDA #- | URL | 編集

細胞に意思があるとはある本を読んで以来 思っていましたが
今 これを読んで自分自身がたまらなく愛おしくなりました

ありがとうございます。

2009/06/25 (Thu) 15:35 | 吉士 #- | URL | 編集

自分の身体の宇宙観て身近だけど深い話しですね

日頃の生活も、数億数兆の意思ある細胞が、一つの目的に向かって動いていると考えると凄いスケールだ…

美しい神社祭式なんてまさに数億数兆の心が一つになった叡智の領域ですね

2009/06/25 (Thu) 17:05 | ユーリッ君 #- | URL | 編集
LINDAさま

そのコメントに励まされて続きをかいてみました。
ホントに自分の頭の中だけのはなしなので、外に出してもいいものかどうか迷っていました(笑)

2009/06/25 (Thu) 22:19 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
吉士さま

なんだかうれしくなるコメントくださいました。こちらこそありがとうございます。
>細胞に意思があるとはある本を読んで以来 思っていましたが
そんな本があるのですか?少し興味があります。なんという本でしょうか、もしよければ教えていただければ読んでみたいと思います。

2009/06/25 (Thu) 22:21 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
ユーリッ君

>自分の体の宇宙観
!!まさにその表現が正しいと思います。
自分の中に内在する小宇宙と大宇宙との調和、一体が人間が幸せを感じる最大のですからね。

2009/06/25 (Thu) 22:24 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集

高木書房さんからでている
「失敗の法則 人生の羅針盤」や 中村天風さんの「真人生の探究」です

2009/06/26 (Fri) 16:25 | 吉士 #- | URL | 編集
宇宙

神主さまのこの 細胞が(気付いてない) という話を 追っていくと 細胞が『何か=?』の一部であることが気付かないでいるのと同じように 人間も『何か』の一部であることに気付いてない ということになるのでしょうか。。 人間の『考える』(←脳の)という『能力』の功罪は 考えることによって 気付けるっていうことと 自分(脳が)見た聞いたものしか信じない 脳があるための頭でっかち てことなんだろうか うまく言えません、、逆に植物や脳がないといわれているものは しぜんに 自然をすべてを受け入れているのかな…と思いました

2009/06/27 (Sat) 03:05 | はんのき #- | URL | 編集
吉士さま

ありがとうございます。一度読んでみたいと思います。
中村天風さんの本は実は知人いくつか貸してくださっていまして(まだ読んでいないのですが)すので、もしかするとその中にもあるかもしれません。探してみます

2009/06/30 (Tue) 22:46 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
はんのきさま

コメントが前後してしまっているのだと思いますが、
>同じように 人間も『何か』の一部であることに気付いてない ということになるのでしょうか
それを言いたくて次の記事で書いています。

>植物や脳がないといわれているものは しぜんに 自然をすべてを受け入れているのかな…と思いました
自然をすべて受け入れる・・受け入れるというのも「個」、「我」を起点に考えるとそうなるのでしょうね。多分。本来は受け入れる受け入れない、とかそういう次元の話しではないのかなと・・・
私もうまく言えません。難しいですね(笑)

2009/06/30 (Tue) 22:53 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集

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