2007.04.10 Tue
日本の心
その時に記事に関するコメントを書いていると、思うことがあって、どんどんと長くなってしまいました。あまりにも長すぎたのでほとんど削って短めにしたのですが。
それからそのコメントにたいする返答から、私のかかえる永遠の深いテーマへも発展しそうなので今日はその辺りの私の思うことをアップしてみます。
よそのブログのコメントに超長文を掲載して迷惑をかけてしまいそうだったので・・・(^^ゞ
ちなみにこの熊のぷーさん(ホントの名前は“は○み○“さま)のブログ、私は大好きです。
海辺にたてた家(別荘?)で自分を見つめるゆっくりとした生活をしておられる方で、なんというか神秘的というかそういった不思議な雰囲気と、シビアな現実的な面の両方があります。やや特殊な生活をおくっておられるから(私もかなり特殊ですが(笑))そういう雰囲気になるのでしょうか。
でその時の記事に・・・
日本を離れると日本の善いところや悪いところが良く判る。
日本の一番良いのは四季があることが良いと思う・・・
という内容の文がありました。
私も同感です。美しい四季があることは日本の最もすばらしいところの一つであり、日本人の考え方、精神、文化、(日本の心)の元になっているものだと思います。
しかし現在の日本では一時、日本の心を否定してまでも極端な欧米化を進めたため、人の心に歪みが出ているように思います。日本人はもともと日本的な精神構造なのだから、日本の本来の心を置き去りにしてしまっては当然ゆがみがでる。
暴走する個人主義や、主張されすぎる権利などはゆがみのひとつだと思います。
だから日本の心を保ったままで、欧米の文化を取り入れることで正常になるのではないかと思います。
というようなコメントに対して、熊のぷーさんは「ただものではない」返答をくださました。それは・・・
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『何が日本本来の精神か?というのも曖昧ではないか?
今の学校では教えないし、親が教えてくれるかというと、これも今の社会では難しいのでは?
「誠の道にたがふことなく、負い持つ技に励ましめたまひ家門高く身すこやかに世の為人の為につくさしめたまへ」この誠の道を皆様で考える必要性があるのではないか?』
・・・この人、やはり只者ではない。
これ祝詞(ノリト)で使う表現です。表現というか祝詞の内容そのままかな?
私が神主なので祝詞を引用されてました。それにしてもなぜ、祝詞の中身など知っておられるのでしょうか。びっくりしました。
さて、私が思う日本本来の精神(日本人的精神)は、
一文字で表せば『礼』
一言で言うなら『感謝と協調』
例えば日本の武道と欧米のスポーツ(欧米だけに限りませんが)との違いは私は『礼』だと思います。武道は礼に始まり、礼に終わります。
空手とキックボクシングは非常に近い、よく似たものだと思います。パンチ、突き、回し蹴り、ハイキック、技もよく似ています。
ただ違うところは最も大切にするところが日本の武道では精神ではないでしょうか。
『礼』とは他にも、神主の立ち振る舞いには全て作法があります。祭式作法いう作法です。
例えば足の進め方、神様の前のこの場所では必ず左足から3歩進みなさいとか、
礼(おじぎ)の仕方、場合によっておじぎの角度は何度と決まっていたり、
ものを持つときに右か左か使う手が決まっていたり、どちらの手から差し出すかとか、
これは神様に対して礼をつくすため、失礼のないようにとか、見苦しくないようにもっとも美しく見えるように振舞うとか、他にも場合によっていろいろ理由はありますが。
本題に入る前に長くなってきたので、続きは明日に
最後までありがとうございます。
ちゃんと続きの記事を明日書けるように・・
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| 神様のはなし | 23:11 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

ありがとうございます
神主様。私のコメントのご返事を頂き誠に感謝申し上げます。
なるほどです・・続きを楽しみにしております。
私は20年ほど前から、毎月一日に決まった神社に参拝に行きます。自分の願い事は致しませんが、神社から頂いた祝詞を心の中で読み上げております「掛けまくもかしこき・・・」これが習慣となり毎月通わせて頂いております。
不思議と境内は気持ち良いですね。
| はちみつ | 2007/04/11 01:00 | URL | ≫ EDIT