習慣2

昨日からの続きです。昨日の記事を先に読むと意味がわかります

環境が習慣をつくり、習慣が人をつくる。
しかし環境を構成するのは人であり、習慣をつくるももまた人である

宮司が父から私に変ることで、神社からすると「人」が変りました。私のやり方で神様に奉仕していますので、人が代わって神社の雰囲気(環境)が変ってきました。良い悪いは別として・・・( ̄□ ̄; 

私からすると「環境」が変りました。
今まで朝は出勤のぎりぎりまで寝ていて起きたら顔だけ洗って飛び出していました。朝起きてから家を出るまでの時間10分間でした。これ本当に朝7時50分に起きて、8時にはもう出発していましたから(すごい!)。
今では朝は決まった時間に起きます。まず神様の前で手を合わせて拝み、境内の清掃をします。だいたい2時間ほどで8時ころに掃除がおわり、そのあと毎朝きちんと朝食をとります。
環境が変って習慣が変りました。

いろいろな習慣がつきましたが、そのうちのひとつ朝にまず神様の前で拝むこと。それから一日の終わりには神様の前で手を合わせて拝むこと。
これは朝には神殿の扉を開けますし、夜は神殿の扉を閉めます。必ず朝と夜には神様を拝まなければいません。(拝むのがイヤなわけではないですよ)自分の意思とは別に繰り返し行うことで習慣となりました。
おそらくこれが私にとってもっともよかった習慣だと思います。

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一日の最初に神様に手を合わせて祈る、そして一日の終わり最終にも神様に手を合わせて祈る。この神主としての習慣によって人として良いように(多分)変っていったと思います。「習慣」が変わり「人」が変わる、の部分です。

まず朝一番に神様の前に進みます。そして手を合わせて祈ります。神前で祈るには心を落ち着けてのぞみます。するとその後もやはり心は落ち着いた状態が保てます。その日一日心が落ち着きます。
一日の終わり、夜に神様の前に進みます。そして手を合わせて祈ります。するとその日の間に心が乱れても、落ち着いた状態にリセットされて一日を終えることができ次の日につなげることができます。


そういう状態になると心にゆとりが出てきました。
社務もたいていひとりで全てこなすので、仕事が重なり時間に追われることもしょっちゅうあります。外で働いていたときはお給料を貰えて、それを自由に使えましたが今はそれがありません。生活のゆとりとはまた別ですが・・・
心にゆとりがあって、生活にもゆとりがあれば言うことはないのでしょうが、まぁそれはそれ(笑)

心にゆとりが生まれて、昔にくらべてものごとの考え方もずいぶんと変ってきたようにも思います。
以前の私であれば掃除にしても、結果が同じであれば(キレイになるのなら)清掃サービスの業者さんに頼んでもいいじゃないと思っていたでしょう。
祝詞も人から見えないのであれば間違いなくプリンタで印刷していたはずです。(プリンタで印刷するのが悪いわけではないですよ。)


昔からポジティブでかなり前向きな性質ではありましたが、結果が全てみたいなところもあったと思います。今は結果ももちろん大事なのですが、その結果に行き着くためのプロセスがとても重要に思えています。

神社がもし結果だけ(現物だけ)であれば、神殿の中にあるものは、鏡であったり、剣であったり、勾玉であったり・・・ただの物になってしまいますからね。
しかし、それは物ですが、そこにいたるまでのプロセスがあり(神が宿る)、その結果そこには神が存在します。
神様は目では見えませんからね。



この話の流れで明日へつづく・・・

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