理想と現実2

昨日からの続きです。今日はじめての方は先に昨日の記事を読むと意味がわかります。

なんていうんでしょうか、理想はそうしたほうが良いことはわかっている。しかし現実には無理でしょ?という感覚。ただの諦めとは少し違う気もしますが少し似たもの。


争いがおこらないようにするためには、相手を思いやって、ゆずりあうこと。相手の立場でものを考えること。相手のことを認めて受け入れること。
お互いにこれができれば争いにはならないでしょうし、どちらか一方がこうすることでも真正面からの衝突にはならないでしょう。

そうすることが良いのはわかっている。理想はそうだが現実に生きている人間にはそんなことはできない?そんなのは理想であって現実には無理だ。

決してそんなことはありません。少なくてもそういうことができる人間もいます。
私もそんな境地には程遠いですが対立する立場の人どうしでも衝突せずにおさめる事もできるということも経験しています。
正しい事を行うのだからそれに反対するものは正しくない。だから正しくないものは正す、排除する・・・では衝突することもあるでしょう。
ものごとを正すということは必要ではありますが、それは本来は世の中の真理によってなされなければならない。正しい、正しくないという基準は真理に基づかなければいけないということです。真理とは要するに全ての人が正しいと思えること。
もっと大きなこと、国家間でも結局は同じなんだと思います。

宗教はの根底にはそういうもの真理に基づいた指針があります。しかし国家や権力と結びついたり、組織として大きくなるとそういうところが薄れてしまっているのも事実です。
だから宗教の本質に基づいて生きることできれいごとや理想でなく現実になります。
難しいことではあります。でも今の自分には難しいことを人間には不可能だと思ってしまうと希望がないですからね。できる人間がいるということは今の自分にできなくてもできるようになるかもしれないということ。
それからもうひとつ、例えば環境問題でも、いまさら何をしたって間に合わないから、自分だけがやってもなにも変わらないから、正直者がバカをみる、自分だけやると自分が損をする・・・そんな声です
先ほどの諦めににたものと同じようなもの


自分ひとりがスーパーでレジ袋を貰うのをやめたからといって地球温暖化は止まらない。だったら買い物バックを持ち歩くのは邪魔くさいのでビニール袋を使い捨てよう。
自分ひとりがエアコンの設定温度を高めにしても何もかわらない、どうせ変わらないならどんどん冷やそう。
地球上の人間みんなが実行すれば効果はあるのだろうけれどそんなのは無理でしょ?だから自分も今がよければいいじゃないか。地球上に人間が住めなくなるようになるのは自分が死んだ後でしょ?


無差別殺人をした少年が
「俺の人生はもう負け組みが決まってしまって、この先なにをしても無駄だから」
どうせこの先の人生に希望がもてないのなら他の人を道連れに殺してゆこう。と言うのと結びつけるのは乱暴ですがそれでも少し似たものを感じます。


気になったのは2点。
1、世界は個の集合で成り立っている
2、正直ものがバカをみるというのは損得か

明日へつづく


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種の共有するもの | Home | 理想と現実

コメント

夢を持ち得ない大人が増えれば、子供は夢はおろか希望さえ持ち得ないと思うな。なんでこうなってしまったのかしら・・・。
そういえば、今は大いなる鬱(20年間)の真っ只中らしく、どん底状態、しかもあと数年続くと。。。
でも、そこを脱出しても、明るい未来が見えてくるのか?

2008/08/12 (Tue) 21:30 | radonna #tHX44QXM | URL | 編集
radonnaさま

こんばんは。
そう思います。大人が夢をもてなければ、想像力がなければ、礼儀が正しくなければ、子どもも同じようになりますから。

>脱出して明るい未来が見えてくるのか?
これは明るい未来が見えてくるというか、人間には必ず波があって浮き沈みがある。これは周期の問題なんですね。どん底状態もあれば上ってゆくこともある。そのサイクル、波の角度は人それぞれですが。
これは人間が地球の上で生きている限り必ず、誰にでもあることです。地球自体が宇宙の中で周期・リズムにもとづき運行しているのですから。
冬にいくら水をあげても芽は出ませんが、春になると自然に芽が出て花が咲きます。

2008/08/12 (Tue) 21:44 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
こんばんは^^

>争いが起こらないためには相手を思いやって譲り合うこと

これはおおいに賛成です。
受け入れる事はおっしゃる通り、不可能ではないと思います。そうなれるように努力するべきだとも思います。
けれど私は、どうしても戦争と殺人、そして虐待だけは受け入れる事ができません。
しかし、だからと言って拒絶してばかりではいけませんよね。
うん、もうちょっと前進してみますか(^^)

2008/08/12 (Tue) 23:02 | ウダム #- | URL | 編集

> 自分ひとりがスーパーでレジ袋を貰うのをやめたからといって地球温暖化は止まらない。

コメント、久しぶりにさせて頂きます。
環境問題や世界平和については、マイバックを持つ等、行動を起こすことも大切ですが、私達1人1人が、声を上げていくことに、意味があるのではないかなぁ…と思います。
1人の力は小さいけど、声を上げることによって、呼び掛けることによって、少しづつかもしれないけれど、大きな輪へと広がっていく。
只の理想論かもしれませんけどね。

2008/08/12 (Tue) 23:28 | 十羅二 #- | URL | 編集
ウダムさま

こんばんは。
私も戦争も殺人も虐待も受け入れる事はできません。この記事の流れで後で書こうと思っているのですが、もし自分が殺されそうになりその相手をそのまま受け入れられるかというと無理だと思います。自分の親や子を殺されたり、虐待されそれを受け入れるのもできないと思います。
でも長くなるので後で記事にしようと思いますが、ひとことでいうと
「罪を憎んで人を肉まん」・・・もとい、人を憎まず

それから戦争や殺人、虐待は真理に基づくものでないと思いますし
・・・と長くなりますので続きは・・

2008/08/13 (Wed) 22:44 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
十羅二さま

こんばんは。
私も同じように思います。決して理想論ではないと思っています。今日の記事にそのあたりのことを書いたつもりなのですが、どうでしょう。ご意見と重なる部分はあるでしょうか。
1人の行動や声は非常に小さいものですけれど、それはある到達点(一定人数までゆくと爆発的に増える)までのリレーであって、小さいものでつないでゆく必要があると。

2008/08/13 (Wed) 22:47 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集

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