2008.07.23 Wed
別世界

今まであったものがなくなって、そして夕陽が目にしみて狛犬もなんとなく寂しげです。
建物がなくなってみると建っていた面積は案外狭かったんだなぁというのが感想です。
しかし建物がなくなって太陽のひかりがサンサンと降り注ぐようになって、境内がとっても明るくなりました。
おどろくほどです。
以前なら今の時期は夜7時には薄暗くなっていました。外はまだ明るいのですが、境内は木々に覆われていますので、外よりも早く暗くなります。それが建物がなくなってからは7時20分ころまで明るいままです。
建物がなくなって、いままでは立つことのなかった場所に立ち、境内の景色を見ました。

( ̄Д ̄;)別世界でした
そんな私ですが、この景色は違う神社のようでした。

はじめて見るかたや、たまに見る方は、この風景も
「ふぅ〜ん。こういう神社なんだ。」
という感じで見えることでしょう。
私は全ての角度から見える境内の景色を知っていますので、今ままでではありえない角度から見えるこの景色が見た事のないもの、全く違う神社に見えました。
同じものを見ても見る角度によってここまで違うのかと改めて実感です。
私は神道のはなしをするときによく言うことがあります。
同じものであっても見る人によっては違うものに見えることがある。
神道は八百万(やおよろず)の神々を祀ります。八百万というくらいですからたくさんの神様がおられる多神教といわれます。これは自分達の国の神様の他にも、他の国の神様も認めるということです。仏教が日本に入ってきたときもそうでした。
これに対して一神教とは絶対的な神がただひとりおられる。神は唯一で絶対的な正義である。その他は認められない。
しかし他を認めないということは、Aという絶対的な神を拝む人々にとっては、Bという神は悪となります。しかし逆にBという神を拝む人々からすると自分達の拝む神であり悪だなんてとんでもない。そんなことをいうAを拝む人々はけしからん。ということになります。
現代の世界の問題もこういうところが大いにあって、「正義のための戦争」という大義名分があってもそれは片方にとっての正義であって、相手には相手の正義があるということ。
それをお互いがわかり合わないとここまで発展した現代の諸問題は解決できない。
これは自己の神も尊いが、他の神もまた尊い。と他を認めることができる神道の精神が必要であるということです。
神の国 日本に生きる私達は、こういう神道の精神を世界に向かって発信していかなければいけないと思っています。これからの21世紀は環境問題、地域紛争、などなんでもこの神道の精神が必要になります。
神主は人々にそういうことを思い出してもらえるように、もっとはっきりと発信しなければいけないと思っています。とりあえずはマイブログで発信してみま〜す。
見事に急降下( ̄_ ̄|||) 復活の応援ポチッとお願いします。
少し戻りましたありがとうございます。昨日はFC2は5位。人気ブログ16位。
今日は何位だ・・・
↓のボタンを押してくだされば投票できます。(画面が変わったら投票できています。)得点が加算されこのブログの順位が上ります。1日1回づつ(できれば両方とも)
人気ランキングへ1票入れる
FC2ランキングへ1票入れる| 神社のはなし | 19:05 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

こんばんは。
境内が広くなったんですねぇ・・・明るいとなんとなく変な気分になるものです。うちも台風一過の朝に何本も木が倒れて日の射す境内になってしまいました。過ぎ去った台風と入れ違いにやってこられたのは材木屋さんでした(-_-;)絶妙なタイミング〜。
寂しげな狛犬ちゃんが早く元気になりますように☆
それにしても御神木の「氣」が物凄く伝わってきます。
| のりすけ | 2008/07/23 22:04 | URL | ≫ EDIT