2007.12.18 Tue
大安丸を訪ねて三千一里
さぁ横浜からふいに来社された方がもってこられた古文書から徳川埋蔵金のニオイがプンプンとしています。私はいやおうなしに冒険心をくすぐられました。
世界各地では実際にいろいろ財宝が発見されているんですよね。今の価値になおすと数兆円?いや、もっとか。とにかく想像もできないくらいの財宝が。
予想もしなかった展開に興奮を抑えきれない私とは対象的にその方はおだやかに話はじめました。
横(←横浜からの来客の略)「実はこれを探しています。」
ともう一度古文書を示されました
そこには、「「徳川」、「京都猪熊四条」、「大安丸」そして一部破れているが「金○埋○○」
私「はい。(うんうん。それはさっき聞いた。徳川埋蔵金ですね)」
※カッコ内は頭の中のつぶやき
横「実は私の家の蔵からこれ(古文書)が出てきまして。いろいろと調べておりました。」
私「はい。(既にある程度調査はしているのですね。徳川埋蔵金ですね)」
横「今回はこの大安丸のことでやってきました」
私「はい。(大安丸?船?テレビのプロジェクトは赤城山メインだったが・・船に積んでお宝を運んだのか?新発見?)」
※赤城山とは徳川埋蔵金が埋められた最有力候補地として、TBSのテレビ番組としても長期間にわたり大型の機械を多く使用した世界最大規模の発掘が行われている。
私「ふ〜む・・(ん?納めた?小型の船のことか?高瀬川に浮かべる高瀬舟のようなものか?)」
※高瀬舟(たかせぶね)は京都の高瀬川を上下する小舟である。徳川時代に京都の罪人が遠島を申し渡されると、本人の親類が牢屋敷へ呼び出されて、そこで暇乞をすることを許された。それから罪人は高瀬舟に載せられて、大阪へ廻されるのであった。それを護送するのは、京都町奉行の配下にいる同心で、此同心は罪人の親類の中で、主立つた一人を大阪まで同船させることを許す慣例であった(森鴎外 高瀬舟より)
私「ここにもってきたのは堀川が近いからでしょうか。堀川で使ったのですか?」
横「・・・堀川では使えないと思いますよ」
私「(今は堀川に船を浮かべることはできないが、当時はできたのではないかと思ったが、違うのか」
横「まぁそれで猪熊四条近くで調べてみたのですが、現在はその納め先はなのです。それでその付近で聞いて回っていると、武信さんの宮司さんはそういう古いことを研究されていて詳しいので聞いてみてはどうか?といわれたので伺ったのです」
私「なるほどそういうことですか。しかし・・その方がおっしゃった武信さんの宮司とはおそらく先代の宮司、私の父のことだと思います。」
横「そうですか。それで父上様は?」
私「すでに亡くなっております」
横「えぇぇ・・・」
私「横浜様(仮名)気を落とさないでください。父が集めている膨大な資料があります。」
横「えっ?それじゃぁ?」
私「はい。私が精一杯がんばります。残された者たちで新しい発見をしましょう」
明日へつづく
こうして私達の新発見への挑戦がはじまりました
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| その他のはなし | 20:46 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

凄い話じゃないですかー。埋蔵金って誰もが追い求めるロマンですね。でも実際に発見された例もあることだし、ワクワクしますね〜。
| スパーク | 2007/12/19 01:06 | URL | ≫ EDIT