2007.12.16 Sun
大安丸を訪ねて三千里
とても上品な雰囲気をまとったご夫婦で、はなし方もいわゆる横浜弁?(〜じゃん、〜べ)ではなく、なんとなく京都っぽい感じでした。
なにが京都っぽいのかわかりませんが・・・
話すてんぽがわりとスローだったからかなぁ・・
前日に電話があり、「古い話を聞きたい」とおっしゃっていたそうでが私は外出しており内容は聞けませんでした。
帰ってから伝言を聞き、「古い話?」ってなんだろうと思って考えました
たまにあるのは地域の歴史について
当神社のある三条大宮、この付近は平安時代は京の政治経済の中心地でした。近くに大内裏(だいだいり)がありこの地域は今でいう東京永田町のようなものでした。
平安京のメインストリート「朱雀大路」(すざくおおじ)が南北に伸びていました。道幅はなんと85メートルもある直線の大通りでした。
ちなみに現在では大阪環状線が122メートルで日本最大だそうです。
この朱雀大路は長く南北に伸びていて、その最終地点には芥川隆之助の小説でも有名な羅城門(らじょうもん)がありました。この羅城門で当時の都の内と外が区切られていました。
確かに古いはなしだ・・・
でもそんなことではない気がするなぁ・・
まぁ考えてもわからないので、翌日に伺いますとのことだったのでお会いして聞くことにしました。
「実は、これを探しています」
といって江戸後期くらいのものと思われる古文書をとりだされました。
多少の劣化、破れなどがありましたが、そこから読み取れる文字には、
「徳川」
「京都猪熊四条」
「大安丸」
「○○○萬両」
「金○埋○○」
あっ!こ・こ・これは
THE糸井重里
(敬称略)
徳川埋蔵金ではないかぁ〜
徳川埋蔵金(とくがわまいぞうきん)とは、
江戸幕府が密かに地中に埋蔵したと伝えられている金塊またはそれに準じる金属貨幣のことをいう。埋蔵時期とされる幕末以来、多くの発掘プロジェクトが各地で行なわれ、そのほとんどが全く成果のないままに終わっているが、現在でも独自の推論を根拠に発掘を続けている人々が存在する。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%9F%8B%E8%94%B5%E9%87%91
糸井重里氏http://www.1101.com/treasure/
10数年前にテレビでも大規模に埋蔵金探しの番組があった、あれだ。
糸井重里氏のHPより
「徳川埋蔵金プロジェクト」が産声をあげたのは、1990年6月の事でした。その目的は、江戸幕末、赤城山に密かに埋められたと言われる徳川幕府の御用金360万両を探し当てることでした。
すでに赤城山で3代100年以上に渡って、埋蔵金を探し続けていた水野家の敷地内にある
源次郎の井戸跡から始まった発掘は、足かけ6年に及び、掘った穴は直径100メートル、深さ60メートルにまで達しました
そこには、地下を縦横無尽に走る迷路のような穴や、何かを隠すために積まれたとしか考えられない石垣などが発見されました。
しかし結局、肝心の埋蔵金を探し当てることは出来ませんでした。
明日へ続く・・・
次回300年の時を経て徳川埋蔵金は発見されるのか?
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| その他のはなし | 19:19 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

埋蔵金は昔本気で発掘を考えましたねえ。
徳川家の埋蔵金、豊臣秀吉などは結局調べれば
調べるほどあるのか無いのか・・・
もっとも注視したのは帰雲城の伝説やナチス、
四国のソロモンの秘法など。
しかし、話は埋蔵金と全く関係ない落ちで終わり
そうな予感がひしひしと感じる今日この頃。
| HATANAKA | 2007/12/17 01:02 | URL | ≫ EDIT