ピュアピュア

今日は11月30日で明日は12月1日
毎月1日と15日は月次祭(つきなみさい)というお祭りを行います。月次祭というのは毎月のきまったお祭りで、いつもどおりのお祭りというような意味です。
お祭りですので普段できないところまでお掃除します。
先日の指がぱっくり割れていたひび割れ、
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今日は傷はふさがっていたので拭き掃除は楽でした。それに今日は暖かかったですので。

しかし掃き掃除は、落ち葉の大サービス期間ですからなかなか大変です。
朝はいつも通りに境内を掃除していますが、昼から細部の掃除をするときにはもう一面落ち葉のじゅうたんが出来上がっています。
今はまだ完全なじゅうたんにはなっていませんが、もう少しするともっと落ち葉の量が増えてイチョウの黄色、楓の赤、エノキの黄緑と色とりどりの完全なじゅうたんになってキレイです。
そうなるとキレイだから掃かずにそのままにしておいたりします。

しかし今は中途半端なのでおいておいくわけにもいかず、次々と落ちてくる落ち葉と競争しています。
葉が落ちるのが先か、掃くのが先か・・・って


実はこの関係は忍者の秘術と通じるものがあるのです

忍者が水の上で、右足が沈む前に左足を進めて、
次に左足が沈む前に右足を進めて
さらに右足が沈む前に左足を・・・
と繰り返して水の上を歩く・・・その関係と非常に良く似ています・・・


ところで毎日神社へ欠かさず参拝される方で、障害のあるかたがおられます。以前に働いていた最中に事故があったそうでその後遺症なのか最初からなのかは聞いていませんが、精神障害がある方です。
その方、以前に一度御祈祷をしてほしいということで御祈祷をしました。それが非常に心が落ち着いて、気持ちが楽になったといわれて、それから毎日朝、昼、夕とお参りされるようになりました。(家が神社の近くですからね)


突然ですが明日へ続く・・・
中途半端ですが続きを書く時間がなさそうです


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コメント

教えていただきたく。

初めてお便りさせていただきます。
以前京都に住んでいました。今は、仕事の都合でヨーロッパのある街に住んでいます。いい街ですが、やはり、京都は懐かしく。こうやってネットでいろいろと京都に関わるお話などを読んでは懐かしくまた楽しませていただいています。さて、教えていただきたいことがあります。京都にいたころは、毎年、年の始めに神社におまいりに寄せていただき、一年のお礼を込めてお札とお守りをお返しし、また来る年の無事を祈ってご祈祷を受けていました。外国に住まうようになると、なかなか年の始めにタイミングよくお参りすることができなくなりました。今年は、暮れになんとか帰国できそうです。で、おたずねなのですが、年も明けない暮れのうちに、神社にお参りし、新年のご祈祷を受けるというのは、どうなのでしょう?いけない事でしょうか?新年のご祈祷ということ、そのものについても、
良く分かっていないのかもしれませんが、お祓いを受けると心身ともに清めていただいたような清々しさに包まれます。長く行けていないこともあり、帰国の折はぜひお参りしたいと思っています。
お忙しいおり、つまらないおたずね、申し訳ありません。よろしければ教えていただけると助かります。失礼しました。これからも楽しく拝見いたします。

2007/11/30 (Fri) 22:46 | 由美子と申します。 #- | URL | 編集
はじめまして♪

ななさんのところのリンクからお邪魔しました。
コペくんに同じ一文字レスをもらった方に親近感がわき、お伺いました。

宝來もななさんと同じく物書きなのですが、前作で神社の娘を主人公にしてしまい、祝詞をたっぷり覚える羽目になったことがあります。
あれを全て暗記なさっている神主さんたちを正直、尊敬しました。
その中で好きになった祝詞は「天地一切清浄祓」でしょうか。日本語の美しさをたっぷり堪能しました。
もう少し、神主様と早くお知り合いになれたら、いろいろ教えていただけたのになと、思ってしまいました。えへっ。

また、伺わせていただきますね。



2007/11/30 (Fri) 23:39 | 宝來りょう #hvDLYPqY | URL | 編集
由美子さま

はじめまして。かきこみありがとうございます。
今はヨーロッパのある街からコメントくださっているのですね。よく考えるとすごいことですね。
さて、
>年も明けない暮れのうちに、神社にお参りし、新年のご祈祷を受けるというのは、どうなのでしょう?

結論から申し上げると、年が明けたことを祝い神様に新年のご挨拶を申し上げるから新年の祈祷です。
だから新年にならないと、新年の御祈祷はできない。が結論です。
しかし年末であっても、新年と同じ内容の御祈祷というものはできますので、参拝できるときに(暮れ)参拝して御祈祷を受けられるのが良いと思います。

>お祓いを受けると心身ともに清めていただいたような清々しさに包まれます。

まさにそれが大切なことですから、これは新年でも暮れでも同じですので。
自分の思いを神に聞き届けていただくというものですから、例えば新年なら「昨年1年間お護りくださりありがとうございます。本年も無事にすごせますようお願いいたします。」
暮れなら「今年1年間お護りくださりありがとうございます。来年も・・・」
ということです。
質問の答えになったでしょうか・・

2007/12/02 (Sun) 18:54 | 神主 #- | URL | 編集
宝來りょうさま

はじめまして。書き込みありがとうございます。
ネットでの小説というものをはじめてよんだのですが、普通の小説とはまた少し違って面白いですね。

神社の娘を主人公にしたもの・・ぜひ読んでみたいものです。
それにしても祝詞のことを調べられたのならおわかりだと思いますが、膨大な例文があったことと思います。実際には神主の数だけ祝詞の数も存在しますから。全ての神主がそれら全てを暗記しているわけではないですよ。
「天地一切清浄祓」というのはある種の決まり文句、呪文のようなものですがどちらかというとあまり一般的ではないものですね。よくそこまでたどり着きましたね(驚き)。

2007/12/02 (Sun) 19:06 | 神主 #- | URL | 編集
ありがとうございました。

お忙しいおりにも関わらず、分かりやすくお返事を書いてくださりありがとうございました。
なるほど、神社にお参りするということは、ご祈祷を頂くということは、お参りする者本人の気持次第であり、それが大切なのですね。この一年の感謝を込めて、お参りさせていただきたいと思います。

お礼申し上げます。
これからも、楽しくまた興味深く拝読させていただきます。
ではまた。

2007/12/03 (Mon) 20:51 | 由美子と申します。 #- | URL | 編集
由美子さま

こんばんは。
ぜひそうなさってください。お参りして御祈祷を受けられるのはあくまで自分自身の心を神に届けるということですから。神主はその取次ぎ役です。御祈祷にしてもその人の気持ち(願意)を祝詞にして奏上していますので、こまかくいうと毎回違うものですしね。

2007/12/04 (Tue) 23:04 | 神主 #- | URL | 編集

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