2007.10.28 Sun
「死」ということ2
そんなふうに父親の残した膨大なものたちに目を通しながら整理していてふと思った。
以下そのときの私の頭の中の思考
「死」ということは、どういうことだろう。
呼吸が止まり、脈が止まり、命がなくなること
すぐに思いつくのはこんなところだろうか
だが、単純にそういうことなのか?
難しい問題だが医学が発達した現代では「脳死」という言葉もできた。脈はある、呼吸は止まっていない、しかしそれ脳が機能しない。法的に死とは?というのが議論されている。
(1.5秒間)
少し辞典で調べてみた
○ 活気がなくなる。いきいきとした勢いをなくす
「死んだ字をかく」「目が死んでいる」
○ そのものの価値が発揮できなくなる。役に立たたなくなる
「右腕が死んでいる」「素材の味が死んでいる」
○ 囲碁で相手に石をとられる
○ 野球でアウトになる
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それだけではないのだと思う。
(「死」は宗教的な話しになりがちなのですが今回は神主としてではなく、完全に一個人の頭の中の・・・というつもりの話です)
呼吸はしている、脈もある、脳も機能する、しかし生きる目的がない。
呼吸はしている、脈もある、脳も機能する、しかし生きる意味がない。
「目が死んでいる」「素材の味が死んでいる」と同じようなニュアンスか・・・
しかし逆に生きる目的、意味を自分でわかっている人は一体どれだけいるのだろう
人はそれを知るために自分以外の何かはわからないが大きな存在を求める。今は情報が溢れているから求めざるものをつかむこともあるのだろう。
神か・・・
呼吸が止まり、脈がなくなり、肉体がなくなれば死だろうか
父の書きとめたメモをみて、新聞の切り抜きをみて、本に赤鉛筆で線をひいた場所をみて、確かに父のその存在を感じた。
誰でもそうだろう。声を覚えている、存在を感じる、それれが残っている。これらは少しずつ時間とともに記憶からも消えて行く。
だから少しずつ死んでいく・・・のだと思う。
私が生まれたのは親からだ。親は祖父母から生まれている。祖父母も同じだ。生命が誕生してからずっとつながっている。
イヤ本当は生命が誕生するもっと前からつながっているのだと思う。
つながっているのだから、肉体が無くなったからそこで全部終わりではないだろう。
つながっている者の中になにかがあるうちは死んでない。
だから肉体がなくなってからでも少しずつ死んでいく・・・のだと思う
(20分間)
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| ひとりごと | 21:00 | comments:9 | trackbacks:0 | TOP↑

そうやね
その言い方、素敵やなーと思います。
何年たっても、すぐに思い出せるうちは、まだまだ・・・・。
こちらも辛いしね・・。
| yume | 2007/10/29 08:30 | URL | ≫ EDIT