2007.10.14 Sun
神主の身の上話2
そんな「ゴッドマザー」な祖母の具合が悪くなってきたのは私が高校を卒業するころでした。当時の私はおバカさんでしたので(今でもかしこい訳ではないですが・・・)本当に何も考えていませんでした。毎日毎日あそんで過ごしていましたし、もちろん神主とは全く関係のない毎日でした。
進路を考える時期に選択肢はいろいろあります。大学を受験するのか、就職するのか、専門学校へ進学するのか、まぁ多いのはそんなところでしょうか。
まわりの同級生たちが進路を決めている間もなぁ〜んにも決めずに遊んでいました。いや、その前に学校生活はあまりよろしくなかったので、卒業できるように追い込みをしないといけなかったのではなかったかな・・・
で、ぎりぎり卒業はできたのですが、やることは決まっていません。そんなときに父親からオファーがありました。
「専門学校に行ってみないか?」
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私が「へ?急になにを言いだすんだろうと思い、何の専門学校?」と聞くと
父は「・・・神主の」と
とにかく高校はなんとか卒業できましたが、その先はなにも決まっていません。とりあえず浪人という名目で(名前だけ。予備校なども行ったこともない)、バイトでもしながら・・・などと思っていた私です。
父は「これはマズイ。この馬鹿息子は何も考えていない。放っておくとなにをしでかすやら・・・」とあわてたに違いありません。
それで、「よぉ〜し、それなら神主にしてしまえ!」と思ったかどうかは定かではありませんが、
父の計算では専門学校という言い方をすることで、特殊な道ではないというような錯覚を起こさせて決めさせようとしたのではないかな?
それに対して私は
「何でやねん!」とつっこみました。
当時の私本当に何も考えていなかったのですが、神主になる気はまったくなかったのでそんなとこ行かへんわい。っと断りました。
なぜ神主になる気がなかったのか、ちょっと話はさかのぼります
私は神社の神主の子供として生まれました。だから身の回りには常に神様の気配というか、神社の気配というか、普通ではなかなかないものに囲まれて育っています。
小学生の頃、私は元気で活発で、クラスでも目立ちたがりなほうだったと思います。で周りの友達みんなと何も変わらないと思っていました。
中学生になって小学校の頃より何倍もぐっと人数が増えました。中学校ではじめて自己紹介というもの経験しました。
初めて経験する大人数の中での生活で、少しずつ「アレ?俺って何かみんなと違うのか?」と思うようになりました。神社の子供ってことが。
思春期ってヤツでしょうか。
当時は「あんた神社の子供なん?」って聞かれるのが一番いやでした。みんなと違うことが恥ずかしい、だから聞かれないように目立たないようにしていよう。
それで、小学生のころは目立ちたがりで活発で、負けん気も強かった、チビむねやすは中学生になって、コンプレックスを抱えてぱっとしない子になったように思います。
その後、高校生になって、さらに人数が増えて今度は逆に「へぇ〜。自分以外にもいろんな人がいるんだ」と思うようになり、中学生のころのコンプレックスは薄らいできました。
コンプレックスが薄らいできたため、本来の目立ちたがりとか、活発な性質が再び表に出てきて羽目をはずして遊び歩くようになったようです。(羽目をはずしたことを具体的に書くと、内容は面白いけれど問題があるのだと思うので控えます。多分、マンガ、雑誌、テレビなどで面白いからといって、具体的にするもんだから、低年齢化、凶悪化があるんだと思います。←いろんな好ましくないことの)
で遊びすぎていたので高校卒業が危うくてギリギリだったんですが・・・
でも相変わらず「あんた神社の子供なん?」って聞かれるのはいやでした。
だから高校卒業時点では神主になる、なんて考えつかないことだったのでした。
つづく・・・
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| 神主のはなし | 22:40 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

引っ張るねぇ・・・まきでいきましょ!
| Bako | 2007/10/15 00:35 | URL | ≫ EDIT