2007.10.13 Sat
神主の身の上話
名前はまだない。
いや・・・ちょっと言ってみたかっただけです。すみません。
では改めて
私は神主です。
でも最初からずっと神主だったわけではありません。神主になるために勉強をして、そして神主になりました。まぁ人生は死ぬまで勉強ですから今でも勉強中ではありますが・・・
神主になるタイミングというのは幾通りかあります。
まず神主になるための勉強をするには神道系の大学、専門機関などで勉強をします。そして神主の資格ありと認められて、どこかの神社で奉仕し神主となります。
「神主になるぞ」と決心して勉強、修行を行うわけですが、
1、高校を卒業してすぐに、「神主になるぞ」と決心する
2、別の職業に就いていたがあるとき「私の生きる道は神主の道だ」と神のお告げを受ける
3、父親が亡くなって、「自分が後を継がないと途絶えてしまう・・・」と決心する
などなどありますが、いずれにしても「神主になる」との決心のもとに、神主になる勉強、修行しますから、それが終わればすぐに神社で奉仕し神主となります。
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これは要するに「神主になるぞ」と心に決めていなかったからです。
そもそも神主の養成所へ入ったのも「神主になるぞぉ」と決心して入っていませんでした。これにはちょっとした裏話、略して「うらばな」がありまして・・・
私が高校を卒業するころ祖母の具合が悪くなりました。この祖母はいまの武信稲荷神社の基を築いてきた人です。神社は終戦後の神道指令によって大きくそのあり方がかわりました。
ちょっとラフに書きます。それまで神社は国の施設、神主は公務員だったわけですが、占領軍の命令によって神社は一宗教法人、神主は一宗教家となりました。
今月ありましたが郵政民営化。これが何の前触れもなく、引継ぎもなにも、対策もない状態で神社が民営化されたわけです。
「Hey明日から神社とYouたち神主を民営化するから」と占領軍の皆様が英語で言ったんです。
戦後の大混乱の時期に日本全国の神社はさらに大混乱を起こしていました。
この時期は祖父が宮司になってまだ間なしだったのだと思います。そんな中で祖父と祖母がしっかりと神社を守ってこられました。
祖父は体が弱かったのですが、聡明で威厳のある方だったようです。早くに亡くなっているので私ははっきりとは覚えていないのですが、お葬式の時などすごかったそうです。参列者の人数、参列された方々の顔ぶれが。
祖母は体が丈夫で、非常に頭のよい方だったそうです。元々は明治・大正期の日本の文人画家、儒学者。日本最後の文人と謳われた、富岡鉄斎先生のところにおられたのを云々、祖父と富岡鉄斎先生がどういう関係だったのか、その辺が、私はあやふやなのではっきりとは書けないのですが・・・
まぁなにしろ、頭がよくて、体が丈夫で、行動力があって、怖いのだけど面倒見がよいので「ゴッドファーザー」ならぬ「ゴッドマザー」なんて呼ばれるひとでした。
そんな祖母の具合が悪くなってきたのが私が高校を卒業するころでした
つづく・・・
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| 神主のはなし | 23:09 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

宮司様、こんばんは。
いつも楽しく拝見しております。
今日の日記の内容、私が一番興味あるところでした。
私も現在会社員ですが、最近神職になる事を決意しました。
無資格なので、来年度から1年専攻科で学び、正階を取得する予定です。(入学試験はまだですが…)
毎日宮司様の日記を拝見させていただき、色々な思いがこみ上げてきたのが立志のきっかけとなりました。
社家の人間はやっぱり社家の人間なんだとつくづく感じております。神様のお導きもあるかもしれませんね。最近何だか、産土神様に呼ばれている気がしてなりません(笑)
続きを楽しみにしております。
| peacemaker | 2007/10/14 00:45 | URL | ≫ EDIT