2007.08.29 Wed
愛される
それでその後、折ってしまったことを申し出ずに、折れたことがわからないように折れた杭をもとのところにのせてありました。
親が一緒にいたにもかかわらずです。
今の子供に、常識がない、善悪の分別がつかない、周りの迷惑を考えない、自分のことだけ考える、そういう子が増えているとはよく聞くはなしです。
自分にかかわりのないことに全く関心をしめさない。
先日の記事のなかにありましたが、教養について。
以前たしか新聞で読んだと思うのですが、
「田舎線の列車」で見かけた「田舎の老婆」は若者と対面の座席で合席していた。そして風下に座っている彼に対して窓を開けても迷惑でないか尋ねていた。
「高等教育を受けた都会人」が守れない礼儀作法を心得ており、それをごく自然に実行している。
この老婆は教養を体言している人物であり、教養とは人格そのものであるといえる。と
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大人のほうがもっとあてはまるのかもしれません。子供は親を見て、親が育てたように育っていますから。
そして大人が自分以外のことに関心をしめさないことも多いのではないでしょうか。
自分の子供はカワイイ。愛している。しかし他の子のことはどうでもいい。というのが現代ではないかと思います。
子供には分け隔てない愛を与えたいものです。
子供の側にも愛される子、そうでない子があるのではないか。おそらく愛される子はどこででも愛される。
学校でも、社会に出ても、周りから愛される。
なにが違うのか、それが教養だろうと思います。
夏休みの間、たくさんの子供たちが虫捕りにきました。で、「おっちゃ〜ん。虫とって〜」とせがまれて、セミを捕ってやると、「わ〜い。ありがとう〜」という子がいがいたり、何も言わずそのまま走っていく子がいたり。
虫捕りに来たのですが、まず神様の前で手を合わせて、パンパンと手を叩いてから遊ぶ子もいました。
別にえこひいきするつもりはないのですが、この子は人から愛される要素を身につけつつあるな。と見ていて思います。
成長して世渡り上手?外面だけ良い人は、やっぱりどこかしらで違和感がでます
愛される要素であり、信頼される要素であり、自己を高める要素である
せめて自分の周りにくる子には少しでも、礼儀や、心づかい、物事の正しさを教えたいです。(教えるなどというとえらそうかな、触れて自分で感じとってほしい)
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| ひとりごと | 22:53 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

神主さま、こんにちは。
毎度、楽しく拝読させていただいております。
教養と人格ですが、私も小さい頃の思い出があります。
冬に灯油ストーブに向かって足を向けて暖をとっていると、神主であった祖父、父に『火に足を向けるものではない』とよく注意されました。
意図としては、火傷の危険を避けるためはもちろんですが、『火』という古来神聖なものに対して足を向けるなど何事か、という意味があったと思います。
現代ではそんなことを教える親がどれだけ居るのか…。
『火に足を向けるものではない』が現代社会で正しい教養とは思いませんが、こういった教育が私の人格形成に影響を与えたことは間違いありません。(私が愛されキャラかどうかは別ですが…。)
さて、↑の注意を受けたのはもう20年近く前の話で、当時のストーブは炎が見える熱放射型ストーブ(通称だるまストーブ)でした。
近頃のストーブは炎が直視しにくい温風ヒーターが主流。火が見えなくなったストーブを家に置いてからというもの先程の注意を受けにくくなってしまいました。
技術の進歩によって、神聖なもの・神様も見えにくくなってきているのかもしれませんね。(どこかの神社に電気の神様を祀っているという話を聞いたことはありますが。)
また、お邪魔させてください。
| peacemaker | 2007/08/30 12:43 | URL | ≫ EDIT