目にみえるもの続き

前回からの続きです


ストーブが置いてあるのは倉庫の中と思いこんでいるもんだから、入口の扉をあけてすぐにもう視線が倉庫の奥に移っているのでしょうか。でも眼球にはストーブの画像としては映っていたはずです。角度的に扉を開けたら絶対にみえる位置に置いてありましたから。でもそれを脳が認知せずにスルーしたのでしょうね。

でこれがあって、あらためて考えるところがありました。
いまこの世界で起きる出来事はすべて自分が作り出しているものであるということを。


今自分がみているものは自分の頭の中で作り出しているものなんですよね。医学的?に言われるのは眼球にうつった映像情報が脳に伝わり、脳がその情報を処理して映像として認識している。つまり脳が情報をもとに作り出した映像を「見ている」と認識しているらしい。
なので、さっきのようにストーブが眼球にはうつったとしても脳が情報処理して、映像を作らなければ見えてないんですよね。
これは画像だけでなくにおいも、音を聞くことも、五感すべてたぶんそうなのでしょう。ということは、同じものを見たり聞いたりしても自分の脳の状態次第で結果は違ってくるということですよね。
なにか出来事がおきたその同じ場所に私とAさんが居合わせたとしても、まったく違うことが起きているように認識するかもしれないということ。それぞれの脳が映像や匂いをつくっているのですから。これってすごいことだなと改めて思います。

まず単純なはなしでしたら、同じ出来事であっても人によって感じ方が違うから、自分の気持ちの持ちようや、意識のあり方次第で幸せ、不幸せは変わります、というのはよく言われることです。本当にその通りだと思います。


あと、「見えているものが全てではない」ということ。「自分の知っている世界の他に別の世界がある」ということ。これもすごく大事なことです。
朝、倉庫を探したときにはストーブは確かになかったんです。2回もすみっこの方まで探したのになかったんですから。でも、その直後に倉庫を別の用事で見に行ったらストーブは目の前にあった。探すとかそんな話以前の本当の目の前に。
これってどういうことか。実際にはストーブはそこに置いてあった。私以外の世界ではストーブは倉庫にあったけれど、私の世界の倉庫にはストーブはなかった、ってことになるんですよね。ストーブが自分で歩いてきたならまた違う話になってしまいますが、それはそれで「わたしの知らない世界」ですがゞ( ̄∇ ̄;)

私が認識できる世界、私が見る事ができる風景、聞こえる音、匂いは私の脳が作っているわけですから、この世界とは自分自身が作り上げているとも言えると思います。それは他の人にとっても同じですからAさんの世界はAさん自身がつくっているものです。
自分には見えていないけれどそこに確かにある、存在しているものもある。自分の世界では存在しているはずのものが、他の人には見えていないかもしれない。ってことですよね。
それすすめていくと今目の前にあるものが本当に存在しているのか疑わしい、と哲学的なことになりますが・・

これもし二人で同時に倉庫に入っていればもう一人の人にはストーブは見えていたかもしれません。それで後になってから二人で話し合ったとしたら、
私は「ストーブはなかった」となる。これは本当です。本当に私の目には見えていなかったのですから。
でももう一人の人は「ストーブは倉庫にあった」となる。これも本当です。
そうするとどちらも嘘をついているわけではないのに二つの異なる事実が生まれてしまうことになるんですね。

これストーブがあるとか、ないとかそんな事なら何も問題ないのですが、今世界で起きている紛争は結局そういうことですよね。私達からするととても受け入れられない中東のISですが、彼等に見えている世界では・・・・ですね。
他にも日常的におきる争い、けんかも結局そうですよね。自分は正しい、嘘はいっていないが相手は違うことを言う。嘘をつかずに正しいことを言っている自分とは違うことを言うのだから、相手は間違っている、嘘をついている。単純化するとそういう構図になること多いと思います。

だから「自分の見えているものがすべてではない」「自分の世界と異なる世界もある」というのを知っておくことは必要なことだと思います。二つの異なる真実があるというのはどちらが正しい、どちらが間違いとはっきりできないものです。どちらも正しいのですから。
その前提に立てればそのうえでどうしましょうか、と考える道に進めるのではないかと思います。これって実はすごく日本的、神道的な思考です(*^^)v


この自分の見えているものが全てではない、自分の世界と異なる世界がある
ということに気が付くと自然に神様の世界というか、神の存在とは、とかそういうことにも気が向いていくのではないかなと思います。神様も目に見えない力ですが、人智を超えたそういう力が働いていないとこの世界が成りたたないですものね。
宇宙が誕生して、地球ができて、そこに生命がうまれ、自分がいる、って偶然の重なりだけで本当にそんなことあり得るのか?ちょっと不自然すぎますよねえ。


と久しぶりにエッセイ風に書いてみました



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コメント

中今

うーん難解な文章。

思い浮かぶのは「中今」。

2016/01/27 (Wed) 14:54 | ジンジャー #- | URL | 編集
四次元ポケット

ちょっと 話は 違うかもしれませんが・・・
以前、職場で使っていた 湯のみ が、ある日 忽然と消えてしまって。
不思議に思いながらも、すっかり その存在を忘れていた頃、
ほぼ 3ヶ月ぶりに、湯のみが いつもの場所に伏せてあるのを発見!
そのときは「おまえ 四次元ポケットに入ってたんだね〜」
と、なんとなく 湯のみが羨ましかったりしました ^^;

また、親しい精神科のドクターから、似たような話を聞いたことがあります。
「患者さんの世界と 自分の世界、どちらが本当 (正しい) なのか、
ときどき 自分でも判らなくなることがある」と。

この記事で ちょっぴりですが 神様の世界の存在を 近くに感じました。
ありがとうございました。

2016/01/28 (Thu) 01:31 | 筒姫 #- | URL | 編集
ジンジャーさま

う~ん、難解でしたか。
あまり読み返さずにさぁっと書いたので、わかりやすいようにという視点が出せなかったかも。
しかし「中今」が思い浮かんだということで、なにかは伝わったということでよしとさせてください。
<m(__)m>

2016/01/31 (Sun) 23:11 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
筒姫さま

湯のみのはなし、そういうことありますよね~
いったいどこから現れた?っていう感じの

精神科のドクターの話もわかるきがします。
記事内でも書こうかなとチラと思ったのが病気のはなし。やめましたが。
幻覚や幻聴がある人でも本人には真実ですし。

神様の世界の存在を感じてもらえたということで
よかったです(*^^)

2016/01/31 (Sun) 23:16 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集

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