御嶽山のこと

9月末に御嶽山が噴火して1週間ですが、いまだに新聞の第一面はこの噴火のニュースが続いています。それだけの大きな出来事だということでしょう。
いまだ安否がわからない方もおられるし、救助活動をおこなうにも危険な状態があるとのことですから、さらに被害が広がることのないよう、また一人でも多くの方が無事であること祈るばかりです。

先日わたしの友人から、じつはまさに噴火のタイミングで御嶽山に登拝に行っていたのだが、今回のことをどう受け止めればよいのかわからないと連絡がありました。

この方の場合は「登拝」と言っておられるように修行の一部として山に登られるものです。登山と登拝はちょっと違うものですよね。登拝は山を登るということを通じて神々と近づくことです。山を登って山頂で美しい景色をみて、神社へ参るだけとは少し違います。

登拝されているのですから、どう受け止めるもなにも、おきた出来事をそのまま受け取るしかないのではと申し上げます。自然とは畏れ敬うべき存在です。大きな恵みをわけてもらえる存在であると同時に、ひとたび荒れるとその力は人間ではどうしようもないような大きなものです。
御嶽山は神の山ですから、そこに入るというのは本来並大抵のことではないんですね。神の山での修行はしっかり覚悟して命をかけておこなうものです
だから今回、紙一重で自分は生かされた、少しタイミングがずれれば自分も命はなかった、そういった事から何を思い感じるか、それも修行なのではないですか?と。
こう連日御嶽山噴火のニュースが続いていると時折、「ん?」と思うようなことも目にします。
「二度と同じような被害を起さないように対策すべき」
「火山をコントロールできないのか」
「今回の噴火は予測は難しかったが、直前には噴火を察知できていた。それをリアルタイムで山頂に伝える、あるいは山頂で計測して警報を発するシステムを構築すべき」
など新聞やニュースやネットなんかでみたものですが、「ん?それはちょっと違うのでは・・」と思いました。


本来自然とは畏れ敬うべきものですから。
もともとそういうものですから、(人間の側からみたら)被害はあるものです。
被害はあるものとして、でもそれを畏れ敬うという気持ち(謙虚さ?)を持つことで被害を小さくできる方法もでてくるのではないかと思います。


標高3000メートルの火山に自分の庭のように気楽に自由に立ち入いれる、しかし被害がないように何かをつくる、というのは、自然を征服しコントロールしようとするもので日本の・神道の考え方とは正反対のものです。
噴火の兆候をキャッチして登山者の安全を確保するために山頂にハイテク施設をつくったり、火山をコントロールしようとしたりすることを考えるのはちょっと違うぞ、と思う次第です。
我々日本人が持っていたのは私たちのまわり自然にはすべて神が宿り、自然を畏れ敬い、自然と共に生きるという考えです。これに立ち返ることが被害を減らすことにつながるのではないかなと思います。

これは登山のことだけではなくて、私たちの自然に対する考え方全般のことなんですけどね。それで環境問題もずいぶんと改善していくとおもうんですけどね~

当然のことながら、今回噴火に遭遇された方々に畏敬の念がなかったとかそういうことをいっているわけではありませんので。そんなこと、あえていうまでもありませんが・・・

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この夏の思い出26 | Home | ジュース

コメント

県民ですが…

姪っ子のところに向かった日に噴火がありました。あの日は抜けるような青空だったのに、木曽の辺りは噴煙のせいか、薄暗くなってました。
お亡くなりになった方々には心からお悔やみ申し上げます。

先ほど地元局のニュースで、県内には活火山が10もあると言っていました。知らない火山もありました。そんなにたくさんあるのかと驚きました!!
御嶽山にシェルターを作る、みたいな話もしてました。
噴火で頂上にあった神像の首が吹き飛んだ映像を見て、神様がお怒りなのだと思いました。51人も亡くなった山です。なのにまだ人が登れる山にしておくと?
昔から神様がお住まいの山として崇めていたのだから、禁足地としたほうがよいと思うのです。これは御嶽山に限らず、霊山とか御神体とされている場所すべてを。
私、偉そうなこと言ってますか?

2014/10/06 (Mon) 19:18 | 齊(イツキ) #- | URL | 編集
独りごと

仰るとうりです。

つい何年か前はどこでも、里山(個人所有)に入山するさいにも、ちゃんと神事を執り行っていた筈なんですがねぇ…

山を征服するて云う西洋的な考え方は、森を悪魔の棲み家という見方をしますしね。

ところで出雲の結婚式があった御めでたい日に、三田の神社では痛ましい事故がおきました。だんじりが手水舎にぶつかって支える柱が歪み屋根が落ち下敷きに…

2014/10/06 (Mon) 21:39 | ジンジャー #- | URL | 編集
台風19号

現在これを書いてる時点で、駅の売店や街の店舗は午後2時でほとんど閉店してしまいました。

おそらくJRもやがて全線運休するでしょう。

昼迄は太陽も差し近所の小さな二つの神社では、例大祭が執り行なわれました。本当に不思議です。

で街の様なんですが午後5時を前にあたかも夜の様相。何故かと思ったら、雨のせいだけでなく、8割かたの店舗が臨時休業したからなんですね。

それだけ電気をこうこうとつけてた
ということです。

万物自然との共存を改めて思った次第です。

2014/10/13 (Mon) 18:18 | ジンジャー #- | URL | 編集
齊(イツキ) さま

私もそのように思います。
自然を愛する気持ちというのはすごく大事で、大切です。
微妙に違うのが人間の手の入った部分、立ち入る部分と
人の手の届かない部分、立ち入ってはいけない部分
これをわけておかないといけないと思います。

2014/10/18 (Sat) 22:02 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
ジンジャーさま

自然災害が本当に多くなってきていますね。
いろいろな理由はあるのだとは思います。

私が思うに
おっしゃっている通りですが万物自然との共存、
共存するというのはずっと一緒、すべて一緒ではなくて
人の手の入ったところ里山、林、そういった部分んと
人の手の入らない森、それらをわけないといけないと思います。
人の手の入らないとは神の山であったり、ですかね。昔の日本人は本当に自然と共存してきたわけですね。

2014/10/18 (Sat) 22:06 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集

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