2007.07.05 Thu
神主集会2
「言わないでください。」
といわれてましたが、UPしてしまいました。
でも日時もわからないし、ホテルの名前も伏せているし、同窓会の名前も「虎の穴」としているし、テーブルの名前だけは『東山』とオープンにしていますが、これだけでは誰のことかわからないでしょ?
でもこの方々、立ち振る舞いがすごく美しいです。
食事の時につかっていたナプキンをイスに無造作に置いて、席を立ったのですが戻ってくるときれいにたたんでイスにかけてあったり。
待機する姿勢、立ち姿も背筋がピンとのびているし、
歩く姿も足の運びや歩幅、美しい姿を意識されているなと感じました。
フォローになってませんか?・・・(^^ゞ
私達神主も、神様の前にゆくときの立ち振る舞いは美しくしなければいけません。
そのために作法があります。
神を拝むときはおじぎする角度は90度。これを『拝(はい)』といい、最上級の礼であり神に対してだけです。
直接神を拝むとき以外のおじきは『揖(ゆう)』といいます。これは場合によって45度の『深揖(しんゆう)』、と15度の『小揖(しょうゆう)』を使い分けます。
こういうおじぎの角度なんかは、サービス業の方々もありますね。デパートや、スチュワーデスさんなんかも角度にこだわりがあるんですよね。
ほかにも物を受取るときには、何を持つのかによりそれぞれに左手で取り、右手を添えるとか、手の添え方、にじり寄る際の歩数、など茶道の作法とも似たこともあります。
神殿で扉を開けるようなときは、ひざをつき、扉に手をかけるのは両手。で神様にむかって上(カミ)の手を上にそえ、下(シモ)の手を下に添えて、立ち上がらずににじり寄りながら開けていきます。これはなんとなく旅館の女将さんや、仲居さんのようでもありますね。
結局こういう作法というものは、相手を思いやる気持ちが現れているんだと思います。お客さんをおもてなししようとする気持ち、気分良く、くつろいでもらえるよう、にと追求していくとそういった作法というものになってゆくのではないでしょうか。
思いやる心というか、相手を気遣うというか、我々、現代人が今後もっとも大事にしなければいけないことでしょうね。
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| ひとりごと | 19:25 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

おはようございます。殆どわかっていないのが作法ですね…
何となくでやってしまいます…
親戚の神前結婚式の時に新郎&新婦が一連の作法を教わっているのを間直に見たことがありますが、途中で忘れそうな勢いでした…。難しいと思うからでしょうね。。。気持ち次第って事でしょうか…(^^;)
| 青森かずき | 2007/07/06 08:03 | URL | ≫ EDIT