2007.06.26 Tue
最初の記憶
初宮参りとは、出産という大事を、無事に終えたことの御礼、奉告と、子供の健やかな成長、今後のご加護をお願いするために神社へ参詣する人生儀礼の一つです。
おおよそ男児が生後三十二日目(または三十一日目)、女児は三十三日目に参詣します。 初宮詣には、子どもに祝い着を着せ、夫の母(姑)が抱くという習慣があります。
ただ最近では日にちも何日目ということにあまりこだわらず、親子3人だけでのお参りも多くありますので、習慣も目安程度に考えて天気の良い日を選ぶなど、赤ちゃんの体調などを優先すればよいと思います。
この初宮参りが赤ちゃんの社会デビューになるわけです。
お宮参りをすませて、我が家の一員ですと家内外に御披露目ということでしょうか。夫の母(赤ちゃんからすると祖母)が抱く習慣というのも、「○○家の子です」という意味もあったのではないかと思います。
初宮参りでは、主役はやはり赤ちゃんになりますね。
お祓いをして、祝詞を奏上して、手合わせてパンパンして、「シャラシャラ」して、しているあいだ泣かずにいてくれるのがいちばんありがたいです。
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この子は、今こうやってお参りしたことを、愛されているということを感じるが、記憶としてははっきりと覚えていないだろう。いつ頃から記憶にのこるのだろう?
七五三の三歳のお参りはどうだろう。記憶に残るのだろうか?
と
で自分の一番ふるい記憶というもの探してみました。
私は保育園にいっていましたが、その当時のガキ大将のこと、それに好きだった女の子のこと、覚えてます。
ガキ大将の子はわりと遠くのお宅の子だったので、小学校も中学校も違うのでその後はわかりません。でも名前は覚えていますね。
好きだった女の子は、小学校区は違いましたが、中学校区は同じだったので、中学校で再び一緒でした。表現は「再会しました」ではなく「一緒でした」。
「いやぁ〜、懐かしい、久しぶり」というようなものではなく、「あぁそういえば」というような感じでしょうか。思春期は難しいですね・・・
それから藤組(年長組から一つ下のクラス)の時の記憶もあります。だからこれは4歳の時の記憶。
お昼寝の時間におねしょをした子がいて、その子が泣いたこと。覚えてます。この子とは小学校区も中学校区も同じでしたし、今も同じ学区で頑張って家業をやっておられます。
それから菊組(藤組の一つ下のクラス)の時の記憶がうっすらとあります。だからこれは3歳の時の記憶。
はじめて菊組の教室に連れていってもらい、「今日からここがみんなのお部屋ですよ〜」と先生に言われているときに、窓のそばにある棚に上った記憶が。
保育園以外での一番古い記憶は、父と私と弟と3人で映画に行ったときの記憶。
ウルト○マンの映画でした。映画館というのは初めてだったはず。真っ暗な映画館で、まわりに人がいっぱいで。
そんな中で、映画の中でウルトラマンが怪獣にやられそうになりました。
・・・そのまま泣いてしまいました。
まわりが真っ暗ということと、そんな中でウルトラマンがやられそうになったので泣いたのではないかと・・・でもこれは、いつ頃だったのかはっきりわかりません。だらか残念ながら記録にはならず。
というわけで、私のもっとも古い記憶は3歳のときの保育園の教室での記憶でした。
今ウチの町内でも私の通っていた保育園に通っている子がいます。私と小さい頃よく一緒に遊んだ同年代の方の子供さんです。
その子は保育園の行き帰りのときなんかに会うと、「行ってきま〜す」と覚えたてのあいさつをして、手を振ってくれます。
でも、私が神主の格好しているときは、私が近づくと泣いてしまいます。
着物でないときは大丈夫なのにね。着物と袴がコワイのかなぁ?と
ちょうど私の一番古い記憶の頃です。この子が大きくなって自分の一番古い記憶はなんだろうと思い出して、もし「近くの神社の神主さんに泣かされたこと」ってことになったら、なんだか・・・
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| ひとりごと | 23:22 | comments:6 | trackbacks:1 | TOP↑

おはようございます。
昔の記憶は本当に覚えていないものですね…
私は小さい頃(4,5歳頃)、夢遊病的な行動が見られたのですが、何となく今もその頃の夢遊病だった状態を覚えていますね。床の間の天井照明が遠くに感じてそれを寝ぼけながら両手で手繰り寄せようとするというか何と言うか…(^^;)
それにしても保育園の組分けが和風(藤や菊)なのが京都らしいですね♪
| 青森かずき | 2007/06/27 10:07 | URL | ≫ EDIT