2007.06.25 Mon
能の世界2


公演の内容は
能『弱法師(よろぼし)』
狂言『鬼瓦』
能『砧(きぬた)』
仕舞『鳴子之段』
能『融(とおる)』
というものでした。
http://home.catv.ne.jp/dd/seion/library-8.html#Anchor-38690
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/6452/kowasa.html
http://home.catv.ne.jp/dd/seion/library-4.html#Anchor-4986
↑物語の説明
私の能に対するイメージは根底にあるテーマは人々の広い救済である。だから社寺でも盛んに奉納されたり、現在でも社寺に残っているのだと。ウチのそばでも、「壬生狂言」、「神泉苑狂言」など現在でもお寺に受け継がれていますから。
だから宗教色が強いのかなと思っていたのですが、・・・
必ずしもそうとも限らないようです
今回は、テーマや、演目の内容の話しはちょっとおいておいて、能の外枠体験記にします
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そして舞いは流れるような優美な動きです。直線的ではなくやわらかい曲線的な動きです。
実は私は不覚にも途中、眠ってしまいました。
徹夜した翌日に真っ暗な映画館で映画を見ても居眠らないのですが、気が付けば何度が眠っていました。そんなに眠かったわけではないのですが・・・
あたりを見るとそのように眠っている人が結構おられました。
演目の前にその演目の解説をされていた能楽評論家の方がおられたのですが、見るとその方も途中眠っておられました。
「能の音楽はミニマル・ミュージックに似ている」という方があるそうです。
ミニマル・ミュージック(Minimal Music)とは、
音の動きを最小限に抑え、パターン化された音型を反復させる音楽。1960年代から盛んになった。単にミニマルと呼ばれることもある。
あくまで単純な反復のリズムがメインであり、曲として成り立つ最低限度に近いほど、展開も少ない。しかしそれらの中での微細な変化を聞き取るのが目的であり、全体的な視点から見れば決して無駄な反復ではなく、音楽は徐々に展開していると言える。
能楽ではくり返される基本となる音があり、速度の変化とともにくり返される音に包まれるうち、心地よいトランス状態、要するに意識はあるが眠るような感覚となるというわけです。
ほかにも能の音楽はヘヴィメタルのような変拍子だ、聞き取れないような声で歌詞を歌い上げるところからデスメタルに似ているとも言える、という方もおられます。
なんにしても非常にリラックスするし、 実際に眠ってしまう場合もあれば、頭は起きている状態で夢を見ている感覚で舞台を見る、というような不思議な感覚にもなりました。
当日に見にこられていた方々がおっしゃっていたのは、能により気持ちが落ちつく、思い悩んでいた気持ちが楽になる。今はやりの癒しの効果を求めておられる方、すごく多かったです。
心の平安、安定を得るというのは、神前で手を合わせ祈ることで得ることができるものと同じです。ちょっと飛躍している物言いですが、田植えの前の豊作への祈りであったり、収穫の感謝の「田遊び」に起源があるという説もあるので、能というものには祈りというものと合い通じるものがあるように思います。
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| ひとりごと | 20:31 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

私も初めてオペラを見た時に・・
>非常にリラックスするし、 実際に眠ってしまう場合もあれば、頭は起きている状態で夢を見ている感覚で舞台を見る、というような不思議な感覚。
同じ感覚でした。
眠くて眠くて・・・これで納得しました。
能とオペラ全然違うものなのですが・・・
| Bako | 2007/06/25 23:25 | URL | ≫ EDIT