続心構え

前回からの続きです
お医者様と神道についての会話のなかで祓い、清めについて、
いくら人形(ひとがた)で体を撫でて3回息を吹きかけるという手順の通りにおこなっても「邪魔くさいなぁ・・・」となどと考えながらおこなっていては何にも祓われないのではないのでしょうか?どういうことを考えながら、どういう心構えですべきなのでしょうか。
他の宗教であれば例えば「悔い改めよ」とか指針になるようなものがあるけれど、神道にはそれがないのでどういう心構えでおこなうのがよいのかわからないんです。とおっしゃってました。
確かに。いわれるとおり。私は祓いは当たり前すぎて、そんな視点で考えたことがありませんでした。でそれを説明するにあたって自分の考えが整理できたので、文におこしてみたのがこの記事です。


罪、穢れ(つみ・けがれ)を祓い清めるということなのですが、心構えとしては、おかしてしまった罪について悔い改める、許しを請うというのとはちょっと違います。
ちなみにここからは私の考えかたであり、私の神道です。オフィシャル神道ではありません。
罪といっても現代の私達がパッと思い浮かぶ罪の概念とはまた違うところも少しありますし、穢れについても同様です。
よくいわれるのは天津罪(あまつつみ)、国津罪(くにつつみ)というものです。
天津罪というのは主に農耕に関する罪で人の田んぼに悪さをしたり、収穫を横取りしたり、農作業を妨害したり、そういうものです。これは人為的なもので現代の私達の思う罪の概念と同じです。
国津罪はそれ以外の罪(ざっくりしてますね。笑)、呪術で相手を呪うようなこと、近親相姦、病気になること、落雷や火災という天災にあうこと、こんなことが挙げられます。
病気になることや、落雷など天災は今の感覚でいう罪からいうと違いますね。

穢れについては、これもすぐに思い浮かぶ穢れとはちょっと違う面があります。
排泄物とか、死とか、血とかそういうものもありますが、それ以外にも「気枯れ(けがれ)」、気が枯れた状態=ケガレた状態というものもあります。
ひとことでいうと、正常でない状態。正常は清浄でもありますが、本来あるべき姿でない、理想的ではない状態ということでしょうか。

だから、罪・穢れイコール悪ということでもないんですね。
だって、病気になった、落雷火災など天災にあった、死に遭遇した、血がでた、これらは悪いわけではないですからね。


さて、祓い・清めはそれらを、取り除く、正常な状態に戻す、理想的な状態にする。そういうものです。自分自身のやってしまった悪いおこないを許してください、とイコールではありません。

浄明正直というものが神道の倫理観としてあって、浄く明く正しく直く(きよく、あかく、ただしく、なおく)。人間が生まれながらにして持つ本来の姿です。
人間は神の子孫であって、神から分かたれた存在です。神と人間は別ものではなくって、自分がこの世界に生まれた順序をたどっていくと、親から、そのまた親、そのまたまた親とずっとさかのぼっていくと、神に行きつきます。だから本来の姿は清く正しいものです。

私が思うに
心構えとしては、
本来の姿に戻す、浄い正しいものに直るということを意識する。

何を考えるのか、意識をどいう状態でおこなうかといえば、
自分は神の一部であることを意識し、神と一体となること(本来あるべき正しい理想の状態に直る)を意識します。

空や海、木や石、風や鳥、この世界のものはすべてつながっていて、循環する大きなサイクルの中に存在します。もちろん人間もその一部です。それらを八百万の神といいますが、自分もその大きなものの一部であることを意識するのが大切ですね。
神から分かたれた存在でありますが、私たちは生きているうえで必ず罪穢れに触れていきます。これもまた当たり前ではあって、生きるとはそういうことでもあります。それを祓う・清めることでもとに戻る、直るということ、これも循環なんでしょう。
直るとは、この世界そのものと自分自身という仮の姿のずれを修正して、自分がこの世界と一体となること。
そんなふうに私は思っています。


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コメント

私の神道

カラカラの天気から一転して梅雨らしくなりましたね。木々や草花が嬉しそうに潤されてるように見えます。

私の神道とタイトルに書きましたが、なんというか私自身特別なことには思えず、物心ついたときには、「誰が見てなくても神様が見ている」と言う思いが心のベースにありました。

神様の前に行っては行けない日も親からいつの間にか伝えられてましたから、何にしても「面倒」と言う気持ちとは無縁に思います。

私にとって神道は生活の一部であるいみ、それが、私たちが神様の子供だということになるのかな? なんて 私は思ってます。 ん~(-.-;)的はずれなコメントかしら…?

2013/06/19 (Wed) 22:38 | 花梨糖子 #- | URL | 編集

お久しぶりでございます。
「我に返る」という言葉がありますが、
最近ふと気付いた瞬間があり
それまではどこかしら意地を張っていたり、
自然に湧いてくる感情に素直になれなくなっている自分がいたりします。
そして、いつまでもそのままじゃ何もいいことなどないのにも気付かされるのです。

お祓いを受ける動機は、今の自分のより前向きな振り返りにもなり得るのではないかと感じました。
昨年はそちらの神様に私の願いを成就して戴いたので、お礼を申し上げに参らせて頂きます。

2013/06/20 (Thu) 13:30 | 雅堂 #- | URL | 編集
花梨糖子さま

神様がみている
はよくいわれましたね。最近はそういうのが少なくなってきているような気もします・

神道は生活の一部は的を射たコメントだと思いますよ。
いつも言っていることではありますが、生きることそのもがそうですし、仕事することも、勉強することもそうですよね。

2013/06/25 (Tue) 22:14 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
雅堂さま

お久しぶりです。

我に返る
タイムリーなおはなしです。この感覚というか、それが祓い、清めのこころと似ている気がします。
本来の自分のすがた、あるべき姿にに戻るということですし。

>お礼を申し上げに参らせて頂きます。
どうぞお参りくだださい。神様はもちろんですが、神主もお待ちしております。

2013/06/25 (Tue) 22:24 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集

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