共通意識

前回まで「ことば」に関連して書いたのですが、途中でこれも言いたいなあというのもあったのですが、関連するようでしていないような気もしたので分けてみました。それが今回の記事です。といっても他愛ないひとりごとですけれど・・・


いきなり本題ですが
言葉が人間だけが使用するものである、というのは多分そうなんだと思います。
人は言葉を使うことによって意志疎通をはかったり、気持ちや思い、自分の考えを伝えたりします。だから言葉がなかったらコミュニケーションがとれず(今の)人間社会はなりたたないように思います。(もちろんコミュニケーションは言葉だけではありませんが)

人間以外の他の生き物は(多分)言葉をもたないけれど、(多分)コミュニケーションをとっているのでしょう。動物が群れをつくる場合何らかのものがないと、群れは維持できなないでしょう。コミュニケーションと言っていいのかどうかはわかりませんが、植物がほかの生きもの、蝶や鳥などを頼りにして雄しべから雌しべへと花粉を運び受粉するのもなにか不思議なものを感じます。

そこに言葉を使わずにおこなわれる意思の疎通というか、意識の共有というようなものがあるのではないか、そんなふうに感じます。
あるアリの集団のはなし(あるアリって何か言いにくですね)、アリの集団は数は数えきれないくらい何万、何千万いますが一つの集団には一つの統一された意識というか何かがある。働きアリの行動はそのアリ個体のためのものではなく、種のため(種のためにという捉え方が多分人からみた感覚なのだと思いますが)のものですから、集団がひとつの生き物・・・とでもいえそうな気がします。物理的には別々の個体ではありますが一匹一匹が手足みたいなものですね。
ガンダムでいうサイコミュ式ファンネルのようなもんでしょうか。あるいは無線LANでつながっているコンピュータの親機と子機みたいな感じですかね。

現代ではとくに「個の尊重」ということ声高にさけばれていますので、個体の集まった集団でひとつの生命体、というようなことは到底考えられませんが、人間ももちろん例外ではなくってそういうところはあるはずです。文明ができる前はそれがはっきりあったでしょうし、その後もそういう面はずっとあったと思います。


意識、意思の共有というものは私はなんとなくわかる気がします。
私は神社の人間ですので、八百万の神という感覚はごく普通に感じ取っています。この世に存在するすべてのもの、現象、それらすべてが神であるというもの。そういうことなんじゃないかなあと感じるのです。
神というものが白髪の老人であったり、美しい女神の姿をした擬人化されたそういうものを言うのではなく、すべてのものの根源となるようなもの。偉大なるなにか。

いまここに存在することの不思議。目の前にあるもの木でも石でもどうやって誕生しているのか。地球ができる前には存在していなかったでしょうし、宇宙の始まりのときにはそもそも地球もふくめて、後に木や石となるその原料?となるものすらなかったことでしょう。でも実際にこうやってここに存在しています。

私達もそうで、今ここにこうして存在して生きているのですが、200年前には影も形もなかったのにいま存在してる。どうやって生まれてきたのか、そしていまなぜ生きているのか、不思議なことばかりです。
生命としては自分の意思で生きているわけではありません。呼吸することだって、心臓が動くことだって自分の意思で「さあ、呼吸をしよう!朝おきたから今から心臓を動かそう!」というわけではないですしね。細胞が分裂して古くなったところから入れ替わってあたらしく修復されて維持されているわけで、体というか「いのち」が自動的にはたらいてくれているから生きていられます。
「生かされている」ということですね。

「生かされている」とかそういうことをいうと宗教じみているととらえる人もいるようですが・・・・まあでもそうか。宗教ですね。
神道は宗教ではないという方もおられますが、私は宗教だと思いますしね。

もしかするとあとちょっと続くかも・・・


よければランキング↓にクリックお願いします。

人気ランキングへ1票入れる
”FC2ランキングへ1票入れる


開放 | Home | 言葉2

コメント

中今

そろそろ幼稚園も巣立ちの季節になって来ました。

仕事柄、幼稚園児と接することが多いんですが、彼等は「現在」が一番大切なんですね。

昨日や入園当時や将来の事等関係なくて、今生きているその瞬間が一番大事なようです。駄々っ子とたしなめるのは簡単ですが、逆に云うとそんな子供たちこそ「中今」を精一杯大切にしてるような、このブログに出逢ってからは思います…。

うまく言えませんが。

2013/03/05 (Tue) 19:30 | ジンジャー #- | URL | 編集
鰯の知恵

"アリさんの集団行動"の話で、ふと思い出したことがあります先日行った水族館の大水槽の中で起こってることです。

鰯が塊になって集団で泳いでます。
一匹の鰯自身は小さいですが、大きな魚に食べられないように塊になって泳ぐことで相手に大きな個体だと認識させているのですよね。

その集団行動は、鰯は言葉を持たないのに何故暗黙の了解のように集団になってるのか、本当に考えてみれば不思議なことばかりですね。

世の中、当たり前と見過ごしていますが、考えてみれば、不思議なことだらけです。

これが神様からの恵み
生かされてることなのだと 思いました。

2013/03/06 (Wed) 23:13 | 花梨糖子 #- | URL | 編集
文字 

鰯の話で思いうかべたのは渡り鳥。

もうひとつは鮪。マグロは嘘か本当か泳ぎ続けないと死ぬらしいです。それは高速で泳ぐことによってのみエラに海水中の酸素を送り込むことが出来るからだそうです。

その関連で捕まえたマグロは直ぐに冷凍されるそうです。体温が異常に上昇するのを防ぎ鮮度を保つためのようです。

金魚や鯉みたいに口をパクパクさせたりエラを動かして呼吸はマグロは出来ないから不眠不休の高速で深い海の中を泳ぎまくるしかないとか…それは人間がコトバを使い更に文字を発明し自然から遠く離れたことにも似てるような気もします。

コトバだけならイルカに代表されるように万物みんな持っているのではないかな? ただ人間の尺度で認めてないだけで、ですから厳密に云うと「文字」を持った人間になるんでしょうね???

2013/03/07 (Thu) 11:11 | ジンジャー #- | URL | 編集

自分で綿花を育てず紡がずとも服を着て、自分で米を育てず脱穀せずとも御飯をいただき、自分で家を組み立てないけど家屋に住む・・・奇跡みたいだと、たまに思い出します。食べ物にかつていのちでなかったものはひとつもなく、想像は創造となって顕れる・・・不思議なことがいっぱいです。

2013/03/09 (Sat) 00:39 | ぐんじ #- | URL | 編集
勝駒

数多くの参拝ランナーがあることを祈念しております。

2013/03/09 (Sat) 13:32 | 京都マラソン #- | URL | 編集

春先に鳴く鶯は「ホーホケキョ」と鳴いているだけの様に聞こえていても色々バリエーションがあって、それで仲間同士の意思疎通をはかっているのだそうです。
私は3種類くらいしか聞き分けられませんが…。
鶯ではありませんが、神社で春の鳥の声を聞いた今日です。
風情だなぁと思っていたら、拝殿の屋根から粉雪の様に花粉が舞い落ちてくる様を見てゾッとしました…。

2013/03/10 (Sun) 22:46 | 煌夜 #- | URL | 編集
ジンジャーさま

いま生きているその瞬間が大事は、かなり深いです。大人になって、だんだんそういこと薄れがちですが子供と接すると大切なこと教えられること多々ありますね。


マグロは高速で泳がないと呼吸ができないのですか。人間のそれと似ているというのはわかるきがします。

ことばと文字の両方のことですね。それ言語っていうんでしょうか、ほかの生物にはないのが(たぶん)言語自体が独立しているというか、生きているというか、使う人がいなくても成り立つ。自分の経験していないことで、言語を通して体得することができるっていうことでしょうか。

2013/03/11 (Mon) 22:26 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
花梨糖子さま

今回かいておられるようなことを、この記事で書こうかなあと思っていたのですが、別のところへ話がいってました。
続きでそういうのをと思っていますが、書けるかなどうなることやら

2013/03/11 (Mon) 22:30 | 神主 #- | URL | 編集
ぐんじさま


そうですよね。
自分でできることなんてかぎられているんですよね
ほんと奇跡ですよ。生きているのって
いまここに存在しているのは不思議すぎます

2013/03/11 (Mon) 22:31 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
京都マラソン

あいにくの天気になってしまいましたね

2013/03/11 (Mon) 22:32 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
煌夜さま

へえ、うぐいすのあのバリエーションは意思疎通だったのですね。
ただの練習不足や、それぞれの上手い下手なのかと思ってました。
うちでも、本殿の階段(てかてかなのでよく目立つ)のうえに雪だるまがつくれそうなくらの花粉があるのをみるとこわくなります・・・

2013/03/11 (Mon) 22:34 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集

春先の「ホーホケッ!」っていう鳴き方は、ただの練習不足だと思います。
あれを聞くと、頑張れ!と思ってしまいます。
きちんと鳴き出してから、なんだそうです。
雪だるまはいいですが、花粉だるまは嫌ですね…。
檜皮葺の屋根なので、積もってもあまり飛ばないかなと思ったのですが、黄砂なのか花粉なのか、屋根からすごい量が飛んできました。
結婚式が外であったのですが、参列された方の中でも神社の方も花粉症の方がいて、見ていてとても気の毒でした…。

2013/03/12 (Tue) 19:18 | 煌夜 #- | URL | 編集
訂正

拝殿は檜皮葺ではなくて、銅板葺でした。
檜皮葺は楼門と御本殿でした…。
すみませんm(__)m

2013/03/14 (Thu) 20:17 | 煌夜 #- | URL | 編集
煌夜さま

ああ、やっぱりあれは練習不足なんですね(笑)
がんばれ!って応援してしまいますよね

先日天気よくって、ぽかぽか気持ちいいので社務所の戸は前回で来客の方と話をしていました。あたたかくて気持ちよかったのですが、その方は花粉症だったようで、かえりのときにそれを聞き、ああ申し訳なかったなあと思った。先日の出来事。

御丁寧に訂正ありがとうございました。


2013/03/16 (Sat) 22:06 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する