ことば

このブログでもよくあつかうネタですが、言葉について。
日本では言葉には特別な力が宿っているとして、それを言霊(コトダマ)といい、大切にしてきました。日本は八百万の神々のおわすところといいますが、それはこの世のすべてのものに神が宿るということ。すべてのものとは山や海など目に見えるもの、形あるものはもちろんですが、目にはみえない現象についてもそうです。
たとえば人間の行いなどもそのひとつで、人が思考することも神のはたらき、人が子供から大人へと成長していくのも神の力のあらわれです。
人が発する言葉とうのも神の力そのものであって、天児屋根命(アメノコヤネノミコト)という神様はうるわしい祝詞をつかさどる神様で、祝詞とは言霊であり、言葉とは言霊で・・・と私たちが何気なく発する言葉にも神様の力が宿っているんですね。

言霊については以前も書いていますし今回はふれずにおきます。
http://jinjakannushi.blog89.fc2.com/blog-entry-889.html

先日のわたしの日常の話しですが、とある方が神社にこられて何やら主張されました。なぜそんな言い方をするのかなぁ・・・というような聞いていて正直不快になってしまい、もうちょっと他の言い方だったら違うのにと思う出来事がありました。

一方それと同じ日のこと。友人に頼みごとをしていたのですが、ご家族が大きな手術を受けるということで、頼んでいたことが遅れるかもしれないとの連絡があったので、
「少しくらい遅れるのは構わないので、今は手術を受ける方も家族も自分も、心配だろうしとりあえずそばにいてあげて。大変な心労だろうけれどがんばってください」
と伝えたところ、すごくありがたく涙が出てきた。負けずにがんばれそうです。とおっしゃっておられました。
べつに大した内容のことを言っているわけではないけれど、相手の状況等によってそのなにげない言葉によって勇気づけられたり元気になったりするんですね。
言葉には人を不快にしたり、または人を元気にしたり、幸せにしたりする力があるんですね。とあらためて感じた一日でした。


そんな、人を元気にしたり、不快にしたり、幸せにしたり、言葉にはすごい力があるわけですが、もっと別の力というか側面もあると思います。
ただそれを書き出すと話しが大きく広がりすぎて、わけがわからなくなると思います。うまくまとまるとはとても思えませんが、まあ独り言なら別にいいかということであえてやってみようと思います。


言葉はものすごい力をもっています。発する言葉もそうですし文字もそうです。
言葉を持ったことで人は文明をもつことができたわけです。自分の知ったこと得た知識を言葉で他の人に伝えることができるようになった。また自分が体験していないことを言葉を通して会得することができる。
伝えられたことは次へまた次へと伝えられて、さらに新しいことも追加されてゆき何千、何万という年月を経てそれはものすごいものになり現代にまでいたります。言葉がなければ人間がここまで発展することはなかったことでしょう。

そう考えると人間と他の生き物の違いは何かといえば言葉を持つかどうかというのはすごく大きいと思います。

「うみ」といえば塩辛い味のする広い広い水たまり、と理解することができます。これはすごいことですよね。
私は明日、海に魚釣りに行こうと思うので、あなたの家にいくことはできません。と相手に言葉を伝えれば、相手は私がこないと一日中待っていることはありません。
これもすごいことですよね。

言葉をつかうことによってそこに新しい何かが生まれる、といってもいいと思います。
無から有になる。0が1になるというのは普通ありえないことです。1が2になること、10が10000になることはあり得ます。すでにあるものを加工したらいいのですから。人間がものをつくるというのはすべてそうですね。存在する素材をつかって新しいものをつくる。

人間が無から有を作り出す、0から1になるとうのは唯一新しい生命だけだと思います。赤ちゃんが誕生すること。私という存在も100年前には存在していませんでした。無でしたが今はここに存在している有です。0から1になっています。
言葉はそれに次ぐかと思います。

つづく・・・


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コメント

ことのは

いつもありがとうございます。

個人的には濁るより「ことのは」と云うほうが好きです。事の端だったり言の羽だったり辞だったり…。

身なりより使う「ことのは」が大切っていう事でしょうね。

2013/02/25 (Mon) 13:38 | ジンジャー #- | URL | 編集
美しい日本語

最近、せっかくの美しい日本語をちゃんと使えない人が多くて残念に思います。

日本語を母国語としない人々が学んで思うのは日本語の奥深さだそうです。

私自身が話すことが仕事の主たることだと言葉の大切さは骨身に沁みます。
言い方一つで、やる気がでたり凹んだりしてしまい、進む方向まで違ってきますから。

神様から与えられた、人間だけの能力を大切にしていきたい、大切に出来る人を育てたいと思います。

2013/02/25 (Mon) 20:40 | 花梨糖子 #- | URL | 編集
ひとりごと

難しい事はわかりませんが、「やまと詞」なるものが美しい日本語なんでしょうか?

あるいは重箱読みを廃した(音読みと訓読みを混ぜない)単語を使用する?????

PCの便利さにより私達は、漢字を忘れる以上に、声を出して物(文字)を読まなくなりつつあるようですね。

神主さんは、「のりと」を言葉を選びつつお書きになられ、実際に声を出され奏上されますから、大変な仕事をされてるわけですねm(_ _)m

2013/02/26 (Tue) 20:29 | ジンジャー #lH9P8MKE | URL | 編集

無限なる大宇宙からコトバにてカタチの本質を紡ぎ出し、現象に「有」として顕す・・・という考えが日本にはあるように思います。神道の“言挙げせず”というのは、ひょっとして“在り方に「限り」を設けず”なのでしょうか・・・などと思いました。

2013/02/27 (Wed) 00:07 | ぐんじ #- | URL | 編集
神葬祭

テレビで團十郎さんの告別式チラッとみましたが神道式でしたね。

やはり厳かで良いもんだな~禅宗から改宗しょうかなと思いました。

2013/02/28 (Thu) 00:20 | ジンジャー #- | URL | 編集
ジンジャーさま

なんとなくわかる気がします。「ことのは」のほうが素敵な、あるいは神秘的な、特別な感じがしますね。

「やまと詞」に関することはどうでしょう、以前の記事のことですかね?
私は「やまと詞」は美しいと感じます。感覚のはなしかもしれませんが表現やいいまわしも美しいと感じますね。
あとは以前にも書いていますが、美しいということでもいろいろあると思いますが、音が美しいのは中国語が美しい言葉だと思います。


>テレビで團十郎さんの告別式チラッとみましたが神道式でしたね。
私もニュースでちらっと映ったのをみました。

2013/03/03 (Sun) 22:07 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
花梨糖子さま

おっしゃりたいことはわかります。

言葉は生き物ですから時代時代で変化していくので現代の言葉だから美しくない、というわけではありませんが、まあ美しくない日本語・・・と感じるものがおおいのはたしかにありますね。

2013/03/03 (Sun) 22:10 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集
ぐんじさま

まさにそうだと思っています(私は)
神様の力も目に見えないから大きさは無限大なのであって、それが見えたらその大きさは見える限りですから。

2013/03/03 (Sun) 22:14 | 神主 #X.Av9vec | URL | 編集

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