夢は紅白

あぁ、今年も残すところいよいよあと1日。あわただしくなってまいりました。そんな中のんきにブログ更新できるとはたいしたもんです。まぁ書くのに時間はかけてられませんので見直しなしの、一気書きで。


神主って祝詞奏上しますでしょう。祝詞はマイクを使うわけでないし自分の声でよく響かせますから、神主には「えぇ声ぇ~」な方が多いようです。
祝詞が想像できない方のため、どういう「えぇ声ぇ~」かというと、テノール歌手のような「えぇ声ぇ~」でしょうか。最近では「千の風になって」を歌っておられた秋川 雅史(あきかわ まさふみ)さんとかああいう「えぇ声ぇ~」です。

だから神主は歌をうたったらうまい人、多いようです。あ、お坊さんもそうなのかな?
で、私も祝詞のときには「えぇ声ぇ~」になりますので、そこそこ歌はうたえます。とそんなわけで私、この時期になるとかならず心に誓うことがあります。それがタイトルにもある
「夢は紅白」です
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初氷

いやぁ忙しい。年明けまであと4日となり、いよいよバタバタとしてきました。
本当に一年早かった。本当にあっという間でした。
ただ、あまり年末だという実感がないんですよね。一年が経過するのが早すぎたというのもあるのでしょうが、なにやら年末のあわただしさが感じられないというような。
昔は年末といえばなんとはなしにソワソワというか慌しい雰囲気があったものですが・・師走というくらいですし。
ただ、現代ではお正月でもスーパーは営業しているし、コンビニもあいている。普段とあまりかわらないので、人々のほうもなにやら普段と変らないような雰囲気をかもし出しているのかなぁ。やっぱりお正月の特別観は残ってほしいと思う今日この頃。
ちなみに、お正月はなぜおめでたいのか、こういうことなんだ、というのは「神主ライフ」の本に書いてます。まだ読んでない方ぜひどうぞ!


ところで今日の朝、凍りを発見しました。
手水の水が凍っていました。

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↑手水
手水と書いて「ちょうず」という読み方もよくありますが、手水鉢(ちょうずばち)などありますが、神社では基本的に手水(てみず)といいます。お参りする前に手や口をすすぎ清めるところです。手水舎(てみずしゃ)といいます。

これが、今日の朝凍っていました。今年初凍りです。雪の場合は初冠雪とかいいますが、凍る場合はなんと表現するんでしょう。初凍りではちょっとしまらないですよねぇ。
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こねた

今日のブログ記事タイトルは「こねた」
何をこねたのでしょうか?うどん粉?ソバ粉?もしかして年越しソバの練習の話題でしょうか。
いや、もしかすると元々はインドに生息していた動物「ねた」、の赤ちゃん「子ねた」のことでしょうか。赤ちゃんの「子ねた」はかわいいですよねぇ。


・・・さて。本当は漢字で書くと「小ネタ」です。


年末、だいぶんと押し迫ってまいりまして、だんだんと時間がなくなってくるのをヒシヒシ感じております。お正月はやっぱり神社が一年で一番いそがしい時期です。それはウチのような小さな神社でも同じですから、やっぱり一年で一番いそがしい準備です。
ということなので、小ネタで更新もサクサクっとしておきます。
では
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当たり前

そこにあるのが当たり前すぎて、それが無くなったときのことが想像できないものってありますよね。よく言われますが親は亡くしてみてはじめてありがたさがわかる、とか。夫婦でも普段はもぉ邪魔、うっとおしいなんて言っていても妻、あるいあは夫がいなくなったらぽっかり寂しくなってしまうとか。

いや、夫婦に関しては実際どうなのか私にはわかりませんが。
以前会社勤めをしていたとき上司に「お前は仕事はできるし、得意先や、周囲からの評判も良い。だがまだ結婚していないから半人前だな。はやく結婚しろ」と言われたことがあります。そのときまだ20代でしたし、いやいやまだ結婚はいいよぉ、結婚してないことと一人前かどうかは関係ないでしょう。そう思っていましたが、確かに結婚していなければ夫婦のことはわかりませんよね。子供がいなければ子供をもつ親の気持ちはわからない。
まぁ確かに社会的にもなにかとそう見られるなぁ、と最近思います。


さてさて、つい先日のことですが私寝坊してしまいました。
会社勤めしていたときは実は遅刻の常習犯でした。1分や2分の遅刻から3時間4時間の遅刻までもう様々です。ちなみに遅刻グセは今でも残ってまして、これはさかのぼれば小学生の頃からです。
小学校は歩いて3分の距離でしたから、授業開始の5分前に家を出れば間に合うんですよね。中学校も徒歩10分以内。高校も徒歩7分くらいの距離でした。だからギリギリに家をでるクセがついてしまった。出発するのがギリギリすぎるので遅刻するんですけどね。家が近い人のほうが遅刻するの多いらしいです。
だから今でも出発するのは時間ぎりぎりです。目的地が近くないときでもギリギリなので・・・必然的に遅刻します。
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初詣

今日の記事のタイトルは初詣。
12月も15日を過ぎて今年も残すところあと半月となり、2週間後には新年です。はやいなぁ・・・本当に一年が過ぎるのが歳をとるごとに早く感じるようになると言いますが、ホントそのとおりです。
あと2週間ですから初詣の記事でもおかかしくはないのですが、しかし初詣のことを書くにはちょっと早すぎます。初詣の準備についての記事です。

といっても私のところの初詣の準備の話題ではありません。まぁもちろんウチの神社でも初詣の準備はしていますが、今日は別のはなし。
なにかというと、東日本の神社の初詣のことです。

3月11日の大震災、津波によって東日本では猛激な被害がありました。猛激なんて言葉があるのかどうか知りませんが、なんとなく被害の大きさを表すのに言葉がみあたらなくて、そう表現してみました。

東日本大震災では街全体が津波で住宅、お店、工場、すべてのものが流されてしまったわけですが、当然神社も大きな被害がでています。建物そのものがまるっぽなくなっているところもあります。

「ここ以前神社があった場所でした」

そんな状況の神社も数多くあります。
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秋すぎて

今日の記事は別段テーマがあるわけではありません。なんとなく思いつくことをダラダラと書き綴ってみます。カッコよくいうとフリーエッセイとでもいうのでしょうか。まぁくだらない内容ですがよければお付き合いください。

今年の一字が「絆」にきまり、本当に大変なことがたくさんおきた今年も残すところあと20日となりました。町ではあちこちでクリスマスムードが漂っていますが、私はこのところあまりクリスマスにはご縁がないのでクリスマスの話題になると

「えっ?栗シマリス?」

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ウチではそんなリスは飼っていませんよ。と無理やり間違えています。

ということで12月が3分の1過ぎてもうすっかり冬になったわけですが、12月になっても1週間くらいはまだ暖かくって暖房を使うこともほとんどありませんでした。11月の下旬に少し寒くなったときに暖房器具は出してきましたが、あまり使わないままでした。
普通なら11月の中旬にお火焚き祭をおこなう頃にはもう寒くなってきていて、赤々と燃える火の温かさがとてもありがたいのですが、今年はお火焚祭のころでも暖かくて汗だくになったのですから。

その暖かさが12月上旬まで続いていたけれど、ここ1週間ほどで急に冷え込んできて各地で雪もふってきています。
だから今年は秋がありませんでした。もう、なんていうんでしょう。夏のつぎにいきなり冬になったような感じです。いつまでたっても寒くならないものだから京都の紅葉もなかなかはじまらず、12月になってようやく見ごろを迎えていました。
秋になると夜にはコオロギや鈴虫など秋の虫の声があちこちからしてきて、あぁ風情があるなぁと感じたものですが、今年は虫の声をほとんど聞くことがありませんでした。
落ち葉も12月までしっかりついていて、ここ最近一気にドバっと落ちてきた感じがします。日本の四季というのは美しくて、国民性、文化にすごく影響を与えているものなんですが、その四季がなくなってきてるのが実感されてすごく恐ろしく感じました。
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晴れ男の苦悩

昨日12月8日は針供養祭でした。
当社では毎年、西陣織工業組合の西陣和裁ファッションスクールの方々がおこしになり針供養祭を斉行しています。西陣和裁ファッションスクールで学ぶ着物姿の女性が今年は75名参列されていました。
昨年の様子
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針供養祭では普段使っていて折れた針を納めます。祭典では針をコンニャクに刺します。針は普段がんばってくれていますので、この日はやわらかいものを刺して休ませてあげようというものです。
長い年月を経たものには魂がやどるというように、先人たちは物を大切にして感謝してきました。この針供養というものも普段から使う針に感謝し、針を労わるという優しい気持ちが表れています。
これは現代人が忘れているけれど、とても大切なことですよね。


ところで、12月8日は全国的に雨模様でした。ここ京都でも例外でなく雨。
針供養祭に参列される方は着物姿ですから、雨にぬれると大変なんですよね。たしか数年前にの針供養祭の日に大雨が降る・・・という年があったような。
で見てみると三年前でした。ブログでも書いていました。
http://jinjakannushi.blog89.fc2.com/blog-entry-494.html
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門前の小僧

ブログに何度も登場していますが、甥っ子がウチにきていました。

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約10日間のロングステイです。甥の親、つまり私の弟とその嫁ですが、昼間はお仕事に出ますのでその間の世話は基本的には甥っ子のおばあちゃん、つまり私の母がします。しかし走り回る、跳びまわる、こわす、書く、ちらかす、そんな4歳の男の子の世話をひとりでできるはずもなく、必然的に甥の伯父、つまり私も子守りをさせられます。

私は今、神社の用事はひとりでやっていますのでかなり忙しいのですが、そんな中でも

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「む~ね~く~ん」


と叫び声をひびかせて、どこにいてもついて来ます。私の名前が宗泰(むねやす)なので彼は私を「むねくん」とよびます。
かわいいのですが、さすがに仕事になりません( ̄_ ̄|||)
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ノーギョー2

前回からの続きです。先に前回の記事を読むことをおすすめします。

日本では先に書いたように神様は稲を作るし、機を織る、人間もそれを真似ることで神様に近づくことができる。要するに働くことは神様に近づく尊い行為であり、働けるということが幸せであるといっています。私はこれものすごく素晴らしいと思います。


そのなかでもお米をつくるということには特別大切にしています。お米はわたしたちの主食であり命をつなぐための最も大切なものであるのでそれも当然です。
お米を特別に大切に考えてきたというのはいろんところにそれが残っています。神社に納める金銭のことを初穂料(はつほりょう)といいます。これは元々は神様にその年初めてとれた稲穂をお供えしていたことから、お魚や野菜など稲穂以外のものでも神様にお供えするものを初穂と呼ぶようになり、それで初穂料というようになりました。
また今はお金で物の売り買い、やりとりをしますが、昔はお金でなくお米・稲でやりとりをしていました。そんなこともあります。


さらに、さらに
先月、11月23日には日本全国の神社で一斉に新嘗祭(にいなめさい)というお祭りをおこなっています。新嘗祭はその年に収穫した新米を神様にお供えして収穫を感謝するお祭りです。
昔は新嘗祭をおこなって、収穫を感謝して神様にお供えして、それからはじめて人間が食べるそういうものでした。現代においてはそのような習慣はほとんど忘れられ失われていますが、とても素晴らしい文化だと思います。ちなみに新嘗祭は皇室でもおこなわれており、天皇陛下もされます。それで、天皇陛下は実際に新嘗祭をおこなって神様にお供えし、感謝の祭りをおこなった後でないと新米を食べることはされません。
日本の文化というか風習というか、それを守り後世に伝えてくださっています。昔の日本人はみんなそうだったんですけどね。
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