今年の夏のこと

先日8月29日が夏祭り、子供みこしが巡行でした。お世話くださった皆様ありがとうございました。毎年8月の最終日曜日ですので私はこれが終わると夏が終わるなぁという感じになります。
今年は連日の気温35度超えの日々は相変わらずです。まだしばらく夏は、というか猛暑は終わる気配はありません。しかし一応わたしのところは夏の行事がおわったので気持ちのうえでは夏が終わったというところです。気持ちだけでも夏が終わって涼しくなったつもりになっておきます。朝と夜はたしかに秋の気配を感じます、リーンリーンという虫の声も聞こえますし。

そういえば、先日ウソみたいな本当の出来事がありました。
これを話しても誰も信用してくれませんが、本当の出来事なのです。
あなたは信じてくれますか?

先日、夜に虫の声が聞こえてきました。秋の気配を感じた私はうれしくなって思わず声のするほうへと虫を探しにゆきました。
ただ、私が近寄ると虫の声はとまります。しばらくじっとしていると再びリーンリーンとなきはじめます。そんなことを繰り返して、その声のする大体の場所がわかりましたので、よく聞いてみるとリーンリーンと鳴き声がします。その声のする辺りをのぞいてみると・・・・

なんとそこには
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夏祭り 子供みこし

8月29日(日)の武信稲荷神社 夏祭り子供みこし巡行いたします。どなたでも参加できますので多数ご参加ください。申込みの際に武信稲荷神社社務所でハッピ、はちまきなどお渡しします。

13時30分にお祓いをうけたのち
14時に神社を出発します
参加申し込みは神社までおこしください。ハッピ、ハチマキなどお渡しします
参加無料です

http://takenobuinari.jp/images/fot/fot3.html


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これだけは守ってほしいこと

昨日からの続きです。はじめての方は昨日の記事を先に読むと意味がわかります。

もし神社の中にある井戸がパワースポットだと紹介されて、そこに行くとするならば、まず最初にその神社で神様にお参りをします。まずご挨拶です。ご挨拶なのですからこのときは自分の事を、がぁ~っと前面に出したり、願い事を押し出したりしません。むしろ逆です。
自分の中にある邪魔なもの、余計なものを神様の前でしずめてもらう、そぎ落としてもらう、そんな感覚です。お参りする前に手、口をすすいで清め、神殿の前で深呼吸して心を落ち着けて、お参りして自分をしずめてもらう。きちんとできればこの時点でもうすでにすばらしいパワーをわけて頂いているのですけどね。

こうして自分自身がしずまった状態になってから目指す井戸へ行ってください。こうするとパワースポットへ行ったときには自分はそのパワーの源と近い性質になれていますから、そのパワーがどんどんと流れ込んできます。もちろんちゃんとできていればですよ。
もし、まっさきに井戸へむかって、わーいパワースポットだ~、と写真を撮って携帯の待ち受けにできたとしても、そんなのなんの効果もありません。


しかしここまで書けば、なんだそれじゃぁ特別なパワースポットでなくても神社で神様にお参りすればすいいんじゃないかと思われるかもしれません。
でもまさにその通りです。もちろん昨日今日できたようなものや、何かのイベントでつくった神無しの神社は論外ですけど、ちゃんとした神社は基本的にすべてパワースポットですから。
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神社とパワースポット

昨日からの続きです。はじめての方は昨日の記事を先に読むと意味がわかります。

さて、長々とパワースポットについて書いてきましたが、最後に結局何が言いたかったのか、まとめてこのシリーズ一旦終わります。
パワースポットだ、スピリチュアルだとブームになること、それ自体は別段悪いことではないと思っています。人々が関心をもっているということですから。そしてテレビや雑誌、霊能者的タレントさんの紹介したパワースポットに行く、それも別段その行為自体は悪いことではありません。
ただ、今の時代情報が氾濫しています。正しい情報、あまり正しくない情報、適当な情報、ウソ、悪意のある情報。正しくない情報、悪意のある情報をもとにして神社で正しくない振る舞いをされる方が多くなってきているのが困ったことなのです。

これについては、神社が反省しなければいけない点だと思っています。神社にきておかしなことをする人も、知らないだけ、もしくは間違った情報を信じているだけなのですから、これからの時代は神社がきちんと正しい情報を発信しなければいけないのだと思っています。

しかし反省はするものの現状は既に、うさんくさい情報、悪意ある情報、適当な情報がもりだくさん多すぎて何が正しく、何がウソか分からないのが現状です。だから今私が具体的に細かいことを書いていくとキリがないので、大きなくくりでこうすればよい、根本的にこういう心構えがよい、そんなことをここでは書いておきます。
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才能はいらない

昨日からの続きです。はじめての方は昨日の記事を先に読むと意味がわかります。

要するに自分の中に余計なもの(パワーが入ってくるのに邪魔となるもの)がなければ、放っておいても自然と自分の中にパワーが流れ込んできます。ご利益、ご利益をよこせぇ~とパワースポットに攻め込んでも、おそらくパワーは受け取れないと思います。自分の中にある余計なものが邪魔をして・・・

誤解していただきたくないのは、ご利益を求めて願い事をすることが悪いといっているのではありません。自分のことでも何でも願う事自体は悪いことでありません。おおいに結構です。ただそのやり方、態度、心構え、に問題がないようにということです。
ひとつ例をあげるなら、お参りするときにお賽銭をいれたとしましょう。これはお金を払ってサービスを受けるのと形は似ていますが、内容は全然違います。みなまで言わなくてもわかるとは思いますが、これが
「お金を払ったのだから、さぁ願いをかなえてよぉ。」
これではいけないということです。サービスを受けるための対価とは違うのですから。心の表すものであったり、祓いであったり、徳であったり、まぁ言い方はいろいろありますが。


さて、そもそもこの記事を書こうと思ったきっかけは、気功師さんが当社の御神木の気がすさまじく強い、今日はその気を頂けました、ありがとうございました。とおっしゃったので、それを記事にしようと思ったのでした。ちょっとそこに戻ります。
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本質は

昨日からの続きです。はじめての方は昨日の記事を先に読むと意味がわかります。

最近はやりのパワースポットで写真を撮り、それを携帯の待ち受け画面にしておくことで運気上昇、開運バリバリ、というそれ。しかし一番必要なことはパワースポットの写真を待ち受けにすることではありません。
なぜかって、運気上昇させてくれるのはパワースポットから発せられるパワーでしょう?待ち受け画面にした写真がパワーを発しているわけではありません。パワーの発生源はあくまでもパワースポットです。
だから必要なことは、パワースポットから発せられるパワーを自分に取り込むことです。パワースポットの発するパワーを自分に取り込んで、そのうえで写真を撮って携帯の待ち受け画面にすることで、取り込んだパワーが持続しやすいとそういうことですね。おそらく。


では、どうすればパワーを自分の中に取り込むことができるのか。
最近の傾向として、こういうときには
「パワーを自分の中に取り込むための10の方法」とか
「だれでもできるパワーを取り込む方法」とか

マニュアルっぽいもの、形式を求めるものが多いように思います。先ほどのパワースポットの写真を携帯の待ち受け画面にする、というのも形式だけを求めるからどこそこ神社の井戸に行列ができる、しかし神社へはお参りしない、というようなおかしなことになるのでしょう。

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パワーを受け取る

昨日からの続きです。はじめての方は昨日の記事を先に読むと意味がわかります。

最近流行りの、パワースポットで写真を撮って携帯の待ち受け画面にすると開運、ご利益満載。などが流行っていますが、開運のきっかけ、運気が上がる可能性はありますが、それは条件があって「正しくできた場合には」です。正しくできた場合とはどういうことなのか。理屈で説明してみます。
本来こういうものは理屈でどうこう言うものではないと思うのですが、言挙げのはなしを前回したところですし、あえて理屈で説明してみます。


まず運気が上がるというのは、自分がなんらかの力の影響(良い影響)を受けているということです。これは疑問をはさむ余地はないと思いますが、良い影響を与えてくれるなんらかの力とはそのパワースポットの力です。これを写真にとったとしても、撮った写真が力を発するかというと、そんなことはありません。力を発しているのはあくまでそのパワースポットであり、写真はあくまで写真です。

だから、それが写った写真だけインターネットからダウンロードしたとしても効果はないはずです。それは、良い影響をあたえるなんらかの力は、パワースポットで自分が直接受け取るからです。
では、写真を撮って待ち受けにすることに何の意味はないように思われますが、私が思うに意味はなくはないと感じます。携帯の待ち受けにしているということは、一日何度も目にするということです。その写真自体が、写真そのものは良い力を発しているわけではないけれど、その写真をみるたびに、パワースポットで受け取った力を呼び起こすスイッチ、きっかけになるという作用が期待できるのではないかということです。
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言挙げ

昨日からの続きです。はじめての方は昨日の記事を先に読むと意味がわかります。

今のパワースポットブームになぜ少々疑問を感じるのかということを先の記事で書きましたが、いい加減なこと、ウソの情報が氾濫してしまうのは、正しいことが発信されていないからなんだと私は思っています。じゃぁ誰が正しいことを発信しなければいけないのかというともちろん神社であり神主だと思います。

日本は昔は「言葉であえて言わなくてもわかる」というものがありました。万葉集にある歌にも
「葦原の 瑞穂の国は 神ながら 言挙げせぬ国」
というものがあるくらいです。言挙げ(ことあげ)とは言葉にだしてはっきりと表現すること。
日本の習慣というか、文化というか、それそのものである神道はまさにそれであって、言挙げせぬ、「あいまいさ」がものすごくあります。しかしそれが非常にすばらしいところでもあるのです。

AでもありBでもある。
我でもあり彼でもある。
のですから
ものごとどれか一方が正しくて、もう片方は正しくない、とはっきりしていることはすくないものです。正義か悪か、敵か味方かでは必ずほころびが、衝突が生まれます。今世界はそうなっています。
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ブームのこと

昨日からの続きです。はじめての方は昨日までの記事を先に読むと意味がわかります。

スピリチュアルブーム、パワースポットブーム。私はブームになること、それ自体は悪いことではないと思います。ブームになるというのは要するに人々が、興味を持つということですし、多くの人が神社に興味を持ち、訪れることはよいことです。

ただし、その興味の持ち方、訪れ方に少々疑問を感じます。以前からブログにも何度も書いていますが、そもそも神社とは神の鎮まる場所であり、神を拝み、祈る場です。ですから訪れるときには神への畏敬の念が必要であることは言うまでもありません。
それなに、あぁそれなのに。その神社へ訪れる目的、なんなら神社へ行くためのパスポートといってもおかしくない、神様への敬う気持ちがない(もしくはそのように見えてしまう)人が全国的に増えているのです。


※先の記事でパワースポットとスピリチュアルスポットの違いがありましたが、以後はパワースポットに統一します。そもそもそれらの言葉はブームになって出てきたものであり、神社にとっては一切関係なく、パワーでもスピリチュアルでも、別にどっちでもいいのですから。

たとえば、パワースポットとして神社の境内にある大きな石が紹介されたとしましょうか。
するとその神社へ大勢の人が訪れます。そして境内にあるその大きな石を見物して、写真に撮って、帰る。そんな人が大勢いるのです。

ほかにもテレビなどで、どこどこ神社にある井戸を写真に撮って、ケータイの待ち受け画面にしておくとパワーがすごくて、開運だ。と紹介されるとその井戸に行列ができて、お昼にその列に並んでも夕方の閉門の時間に間に合わなかったり。で当然のように写真を撮ったらそのまま帰るとか。
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巨樹ヒーリング

昨日からの続きです。はじめての方は昨日の記事を先に読むと意味がわかります。

基本的に古くからある神社はほとんどパワースポットだと書きました。そもそも神社は神がおられると感じられる、霊性が強い場所に建てられましたから。(これは1000、2000年単位の昔のはなし)

もし神社のある場所が仮に初めはなにもないところだったとしても、数百年間その場所で祈りが捧げられていれば、そこは神聖な場所になっています。神は人々が祈ることによって、一層その力を増し、強まった力でさらに人々を守ってくださる。とよくいわれてきました。
人の祈る力、念じる力とはそういうものです。しかし逆もまたしかりで、事件、事故の現場などもやはり同様に念の力もその場に残ります。ただこれは時間とともに薄れてゆくものですが。

まぁそんなわけですから、昨日、今日にできた神社では、そうでない事もあるでしょうが、千年、数百年と経た神社は基本的にすべてパワースポットです。
先ほどの気功師の方とは関係ありませんが、たまたま当社のエノキの大木が女性セブンという雑誌の「日本の巨樹を訪ねる」という企画で紹介されていました。巨樹ヒーリング、パワースポットを巡る夏の旅最前線、と銘打ってありました。掲載紙を送ってくださったのでそれを見ていたのですが、掲載箇所を探すのに一通り最初から見ていきましたが、びっくりしました。

こ、これがガールズトークか( ̄□ ̄;)!!
私もぜひ混ざりたい!!ィ(≧0≦*)ノ”
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パワースポット

数日前のことですが、境内を掃除しているときに参拝の方から声をかけられました。当神社境内に「宮姫社」という末社(まっしゃ)をお参りされていた方です。

末社とは・・・神社には主祭神を祀る御本殿があります。その御本殿のほかにも小さな社や祠に神様がお祀りされていることがあります。その神社の主祭神以外に祀られている社を摂社(せっしゃ)または末社(まっしゃ)といいます。
一般的にはその神社の主祭神に縁深い神様を祀る社を摂社、それ以外を末社とよぶことが多いです。たとえば主祭神のお嫁さんや、子供などそういうかかわりの深い神様を祀る場合、その地域と深くかかわりがある場合は摂社とよばれることが多い。


当神社の末社「宮姫社」は榎の御神木に宿る弁財天を祀る社です。ですからまぁ御神木を拝むための社というようなものです。榎の御神木は樹齢が約850年。平重盛公が苗木を安芸の宮島、厳島神社から移し植えたと伝わっています。

その宮姫社の前で長く拝んでおられた方が、帰り際に声をかけてこられました。私そのとき境内で掃除をしていました。

「あの木はスゴイですなぁ・・・すさまじい気です」
「正面から(宮姫社がある方)が気の量が一番強くて、恐ろしいくらいです」
と少し興奮気味にお話しされています。

お話しを聞いているとこの方、実は貴公子さんでして、少女漫画などで活躍されています・・・
あ、間違い。

お話しを聞いているとこの方、実は気功師さんでして、気功での治療なども行っておられる本職の方でした。
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なにがイヤかって

昨日の記事のことなんですが。
http://jinjakannushi.blog89.fc2.com/blog-entry-787.html

ヒヨドリのヒナについての記事で、ヒナと親鳥の絆をみて不覚にも涙ぐんでしまったわけですが、このところブログ記事をかく書くときあまり考えずに勢いだけで書いています。だから最初に書こうと思っていたこと、これを書きたいと思っていたこと、それらがあるのですが、書き終えたら全然違うことになっていた。もしくは書きたいと思っていたことが抜けていた。そんなことがあります。
まぁ、書き終えたら全然違う結末になっていたというのは、以前からですが最近はとくにそれがひどい。あまり時間がなかったので、記事を書く時間がとれなかったのも原因のひとつです。


それで、昨日の記事でも書きたいと思っていたことがいくつかあったのですが、見事に忘れていました。わざわざ記事の補足をするのは、一回で伝えきれないみたいでイヤなのですが、まぁちょっと忘れていたこと書いています。

そもそもヒナと親鳥のことを書こうと思ったのも、幼い姉弟が自宅マンションの一室に放置されて衰弱死してしまったというニュースを見たのも大きな理由のひとつでした。親と子にはこんなに深い絆があるはずなのに・・・ということを書こうと思っていたのですが、すっかり別の方向へ話しがいってしまいました。


それから、ヒヨドリのヒナの写真を載せていましたが、最初の写真と昨日の写真。時間的には3日~4日くらいしか経過していません。それにしてはやけに大きくなっているので、これ別人(別鳥)じゃないのか?と思われることに対する説明。
私も最初はそう思いました。鳴き声も同じだし、ちょうどエサをねだっているヒナと親鳥だが、この前のとは別の親子なんだろうと。
ただ、ちょっとヒヨドリについて調べてみると、ヒナが巣立つまでの期間は約10日ほどらしいです。ということは、4日後にあれだけ大きくなっていて、一応飛べるようになってもおかしくないな。これはこの前のぶん太だ。と納得したのでした。


さて、最後は・・
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鳥祭り 最終話

先日書いた鳥祭りの記事の続編です。
http://jinjakannushi.blog89.fc2.com/blog-entry-784.html

境内で地面に落ちてきたヒヨドリのヒナ。ものすごくかわいいのですが、自然に生きている鳥にあまり手を出したくなかったので、見てみぬふりをするつもりだった(親鳥もいたし)のですが、しかし道路に出て行きそうになり、危なかったので、成行きで一日社務所へつれて入って世話をしました。
できればヒナには飛んでいって欲しかったのでふたの閉まっていない紙袋が、彼の臨時の家となっていましたが、次の日に社務所の中においてあったヒナの家まで親鳥が迎えにきました。
それを目撃したので、いけるかもと思ってヒナを木の枝に止まらせてみました。親鳥はその後もせっせとヒナにエサを運んできていたし、ヒナが親鳥に教えられて?飛ぶ練習もしていたので、あぁこれは大丈夫かなと安心しました。

しかし、その安心もつかの間、次の日には親鳥はヒナを見失った模様。私が昨日ヒナを止まらせていた枝の付近でヒナを探していました。その付近だけでなく境内のあちこちに移動してはヒナを呼ぶ(探す)仕草をしていました。それを見かけたので、
「あぁ、ダメだったんだな」
と正直なところそう思いました。
動物に襲われたか、ヒナが親鳥が入れようなところ(実際に社務所の縁の下に入っていました)に迷い込んではぐれてしまって、飢えたのか。
ダメだったけれど、最後は親鳥からエサをもらってたし、一緒に飛ぶ練習もしていたんだし、私が世話してたよりもよかっただろう。と私なりに納得しました。
と、ここまでが鳥祭り第二話。
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