神主集会3

次の日曜日、8月31日は武信稲荷神社の夏祭り子ども神輿が巡行します。子供さんは地域を問わずどこからでも参加できますので、ふるってご参加ください。
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先日は以前から何度か話に出ている神主集会がありました。
神主が集まる会にも、いろいろな種類のものがありますが昨日の会は京都の宮司が集まる会です。
以前の記事でも書いているように、宮司とは神主がレベルアップした形態です。
ドラクエ風にいうと神主が経験値をつんでレベルを上げてゆき、一定レベルに達すると宮司にクラスチェンジできるようなものです。

・・・ちゃんと書くと神主とは神社で奉仕するもの(神職)は全て神主です。宮司とはその神社の神主のなかで責任者。まぁひらたく言うとその神社の社長です。
ですから宮司の集まりとなると、参加されているみなさんは神主としてバトルフィールドで冒険をして経験値をつんで、そして宮司にクラスチェンジされています。
どういうことかというと年齢層が高い。それからエライ方が多い。
それに対して私は年が若い。それからエラくない。

ということで本当はそういう場に出るような者ではないのですが、父親が急に亡くなって、これまた急に私が宮司となりましたので恐る恐る末席を汚させてもらっています。
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出発点

来週の日曜日、8月31日は武信稲荷神社の夏祭り子ども神輿が巡行します。子供さんは地域を問わずどこからでも参加できますので、ふるってご参加ください。
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私は自然環境についての話、あるいは環境の問題をよく話題にします。
これは私が神主で神道の考え方にそって生きようとするためです。私の出発点はそこにあります。


最近では「エコ」という言葉が世間で一般的に聞かれるようになっています。地球の自然環境が危機的状況なっていることが認識されてきているということでしょう。
地球温暖化をとめる、CO2を削減する
地球温暖化をとめるための対策や、CO2を削減するための対策がたてられます。
それは温暖化をとめるための行動であり、CO2を削減するための行動です。

最近本当によく「エコ」を見かけます。
たとえばエコバック。いたるところでみかけます。記念品、粗品にエコバックを配るというのもあります。粗品、記念品に配ってしまっては一人が3つも4つもエコバックを持つことになり、エコバックがあまってくるのでは?
買い物のビニール袋が減ってエコバックが余ってくることはないのだろうか・・

先日ウチにダイレクトメールが送られてきていました。そこには「エコ商品」が記載されたパンフレットです。雨の日の不快を解消する。傘の水を取ってくれる機械でした。そうすることで傘用のビニール袋が必要なくなるというもの。電気を使わない機械なのでクリーンというものでした。電気も使わず、ビニールがなくなるのはこれはいいアイデア。環境への配慮をアピールする、周囲の人々へ意識させる意味では意義深いものだと思います。
・・・が、ほんの少し前は傘用のビニール袋そのものを使用していませんでしたけどね。
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効率的

現代においてはものごとを効率的に行うことがもとめられます。
私も会社に勤めていたころは仕事の効率をいかに上げるかということに全力をあげて取り組んでいました。
100人の従業員を雇って10000個の注文をさばく仕事をする場合、1つの注文を処理するのに3秒かかっていたものが2.5秒になるとどうなるのか。
3秒×10000個=30000秒→8.3時間 100人×8.3時間×人件費
これが
2.5秒×10000個=25000秒→6.9時間 100人×6.9時間×人件費
時間の差は8.3時間-6.9時間=1.3時間の時間短縮
仮に人件費が時給1000円なら100人×1.3時間×1000円=138888円のコストダウン
というような計算をして、0.1秒単位で仕事の効率をあげることに身を削っていました。


ものごとを効率的に行うことはもちろんよい事です。ただし不必要に見えることでも大切なこと、非効率的に思えることでも実際はそれが最も効果的なこともあります。
何のために、何をするのか、大切なことはなにかを見極めないといけないということです。
ことわざにある急がば回れとはよく言い当てています


先日ネット上で見かけたのですが義務教育に音楽や美術、図工、は無駄だろうという内容の記事がありました。その記事、他の記事の内容から書いている方は20代前半?もしかすると学生の方のように思えました。
こういう教科は才能のあるなしが全てだから、才能のないものはいつまでたっても下手なままだ。そういう人達に義務教育で絵を書かせたり、笛を吹かせたり、歌わせて、上手くなるわけがない。だから義務教育には不必要だろう。
芸術にふれさせるという目的ならば学校でなくてもテレビや美術館での観賞など触れる機会はいくらでもあるのだから・・というような内容でした。
このあとにオチがついていたので、オチをつけるための記事でまぁ本気でそう思っているわけではないような気もしましたが、気になったところをひとりごとです。
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金魚すくい

来週の日曜日、8月31日は武信稲荷神社の夏祭り子ども神輿が巡行します。子供さんは地域を問わずどこからでも参加できますので、ふるってご参加ください。
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昨日の地蔵盆の記事の中で書き忘れていたことがあったので追記です。
地蔵盆は子供の祭りですので子供が集まって遊び、こどもに喜んでもらいますが、最近は子供が少ないので世話をする大人の人数のほうが圧倒的に多いのです。
それでうちの町内でも地蔵盆の夜には夜店として屋台を町内の役員さんたちが出してくださるのですが、大人が多いですからビアガーデンとなります。

とはいえ子供のお祭りですからあくまで主役は子供。
ということで花火を用意したり、それから金魚すくいも用意されていました。この金魚すくいは一回100円です、とそんなことはないのでポイ(金魚をすくうアミのこと)が破れても何度でも挑戦できます。
ですから数十匹、もしかしたら100匹くらいいたかもしらない金魚はものの1時間もすると全てすくわれていました。子供たちはみんな袋にぎっしりと金魚をすくって満足そうです。
金魚にとってはかわいそうですが、小さいうちに生き物に触れておくことは大切だと思います。家にもってかえって世話をする、それからいつか死んでしまうこと、そういうことを覚えてゆくのだと。

私の父親がよく言っていました。子供のうちに生き物の死を経験しておくことが必要だと。
カエルの足を引きちぎって遊んだり、セミの羽をむしったりして、生命というものがどういうものかを覚えるんだと。
私も小さいときにはカエルに爆竹をつめて破裂させたり、かわいそうだなぁと思えることをして遊びました。今そういうことがないんですよね。そういう経験がないので命を軽視する子供、さらには生命というものがどういうものかわかっていないような大人も多くいるのももしかするとそういうことも原因のひとつかもしれません。
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地蔵盆

京都にはこの時期に地蔵盆という風習があります。
地蔵というからにはお地蔵さん地蔵菩薩の御祭りですので神主がどうこうするというものではありませんが、今日はうちの町内の地蔵盆のお役を私もちょっとお手伝いしましたのでそのおはなしです。

京都だけかと思ったのですが調べてみると全国的にあるそうです。なかでも京都、滋賀、大阪などの関西圏が盛大に行われるということです。でも京都以外のところで地蔵盆と言うと、それ何?といつも言われます。京都以外でウチの地域でも地蔵盆あるよ!という方おられますか?


京都の町を歩けばいたるところにお地蔵さんが祀られていることに気がつくと思います。そういったお地蔵さんは個人でおもりされる場合もあれば、町内でお世話する場合もあります。地蔵盆ではそれらのお地蔵さんにキレイにお化粧したり、にぎやかに飾り付けたりし、お坊さんにお経をあげてもらいます。

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(お地蔵さんを直接写真を撮るのは私はちょっと抵抗があって・・・仏教と神道ではニュアンスが違い、仏像と神道のご神体は感覚が違うのですが、そこはまぁ)
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プレゼント

先日カウンターが111111番を表示しました。ゲットした方は6時頃だったようです。メールで申告してもらいました。
前回のプレゼント企画の時は77777のときでした。棚から一掴みと称してウチの棚にあるものから私がちょいちょいとピックアップした品々と、私が書いた全く価値はないのですが記念色紙をお送りしています。
このブログは神社のススメと題してお送りしていますがあくまでおあそびですから、そのプレゼントに神社の授与品や、神さんのものを送ることは神様に対して失礼きわまりないですからね。私の個人的なものにします。


ところで御守りや御札を誰かのために送りたい。これ自体はいいと思います。病気で苦しむ友人に御守りを送る、試合に勝てるように御守りを送る。
ただこれが「おまけ」になるとちょっと具合が悪いです。
この商品を買った人には金運向上の御守りをプレゼントします。
競馬雑誌の景品に○○の必勝の御札をプレゼント。

これ実際にウチの神社でもありました。とある雑誌を発行している会社の方から電話で問い合わせがありました。何の雑誌だったかは忘れましたが、読者様にそちらの神社の勝駒をプレゼントに贈りたいと思っているのですが、それは可能でしょうか?と

おぉぉぉ( ̄Д ̄;)
読者プレゼントに神社の守護札を贈るとは斬新な発想だなぁと驚きました。
しかし最初に書いたような理由からプレゼントの景品として勝駒を“仕入れる”ことはできません。と断りました。
そのかわり、たとえば当選した方が決まった段階であなた様(電話で話している方)が直接神社へ受けにこられるのであれば構いませんよ。ともお答えしましたのでもしかすると知らないうちに受けていかれているのかもしれません。
不特定多数の相手ではなく、この人、あの人に渡すものをというのは大きな違いだと思います。
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条件反射

まもなくカンターが111111になります。ゾロ目ゲットした方には記念の品を進呈いたしますのでおしらせください。
昨日の記事でもふれていますが朝夕の風は涼しくなりました。今日は日中の風も涼しく昼間でも扇風機もなにも使いませんでした。
夜になると
「り~ん、り~ん」
と虫の声・・・・・・・・・はまだ聞えてきませんが確実に秋に向かっています。

新聞の集金にこられた方が神社の中は涼しいですねぇ~
アスファルトの上を歩いて集金に回ってきて、神社の中に入ってくるとひんやりしますとおっしゃっていました。神社の外はもっと暑かったのかもしれませんが、それでも今日は涼しかった・・とはいえだまだ残暑は厳しそうです。


さてさて今日の記事はつい先日あったはなし。神社も神主もあまり関係ないはなしです。
題名のとおり条件反射。
意識しているわけではないけれど自然としてしまうこと。

でどんな条件反射の話しかというと、「くしゃみ」についてです。くしゃみって人それぞれいろいろありますね。それで「ハクション」(←これがもっとも一般的なくしゃみではないかと思いますが)とした後に何かが続く人がたくさんいます。

「ハックション」・・・「ぉ~い」
「ハクション」・・・「しょいしょ~」
特に意味はないのでしょうが勢いで「ハクション」の後に続いて言ってしまうようです。
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あぁ無情

お盆を過ぎてから暑さはいくらかましになったように感じます。お昼間はまだまだ暑いですが昨日、一昨日あたりは風が涼しく、朝晩はひんやりするくらいで秋を感じましたした。
・・・とはいえまだまだ暑い日は続きます。本日も暑さがぶり返していました。

さて夏になると必ずやってくる、夏の使者。
「ぷぅ~ん」という音とともに参上されるあのお方のことです。
神社はたいてい木々が多いですからあのお方も多いのです。ウチの神社はとくに木が多いのであのお方も非常にたくさんお越しになります。

夏にあのお方が参上されるのは当たり前ですから・・・・とわかってはいても、あまりにもたくさんでこられると、せっかく来てくださっても歓迎してお迎えすることができませんので、ほどほどにして下さると助かるのですがそうはいきません。

屋外で少し立ち止まるとお叱りをうけます。「ぷぅ~ん」と飛んできて腕や足におしおきをしてくださいます。
まぁ私は慣れているのですが、御祈祷中の参拝者は動けない中であの方達から狙い打ちされて大変ですので、御祈祷の間は金鳥印のお線香をたいて供養いたします。それでも御祈祷中にパン、ペチン、と手や足をたたく音が聞えてきます。

私はというと、御祈祷中などはもうどうすることもできません。
ですから覚悟して、火だるま、血だるま?・・いや蚊だるま状態です。
とくに祝詞を奏上しているときなどは、「ぷぅ~ん」とやって来て体にとまったのがわかっていてもどうしようもありません。顔、鼻のあたりに狙いを定められたりすると一番つらいです。
ちょうどそのあたりは視界に入りますから、「ちゅうちゅう」と血を吸ってあの方のオシリが膨れていくのが見えるのです。
両手は祝詞を持っていますから使えません、絶え間なく祝詞を奏上していますので顔の筋肉を動かして追い払うこともできません。
自分の血を吸って大きくなっていくあの方のオシリをただただ眺めるしかできないのです・・・
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雅 舞 祭

ここしばらく頭の中にあることを書き連ねていましたが、今日はちょっと休憩です。
8月17日、18日とよその神社の御祭りのお手伝いに行ってまいりました。

18日が祭りの当日で、17日は前夕の儀(前夜祭のような感じ)が執り行われました。
神殿での祭典の後御神楽(みかぐら)の奉奏がありました。私は神主として祭員としての奉仕ですから神殿での祭典を行い、その後かがり火の中の御神楽を神様と一緒に拝見させてもらいました。
当然装束をつけて御祭りの奉仕していますので写真はありませんので、文章だけですが想像してみてください

(当日の案内から抜粋)
神楽というと一般的には女性の舞う里神楽が思い出されますが、今宵ここで奏されるのは「宮中御神楽」といわれ神楽の原点ともいうべきものです。これは古来、宮中の奥深く秘められた歌舞で内侍所(賢所)の大前において夜を徹して歌いあかすものでした。

基本は神楽笛、篳篥(ひちりき)、和琴(わごん)、歌人(うたびと)の使う笏拍子だけで、あとは声楽が種となります。
御神楽の主役は人長(にんじょう)とよばれる舞人です。神楽人を率いて舞います。
人長が「なりたかし」と4回唱えてその指示によりかがり火が点火されいよいよ始まります。
このあと人長は「笛」、「篳篥」、「和琴」を順番に舞殿へ召し出してそれぞれに演奏させます。そして次には歌人が召し出され
「深山(みやま)には あられ降るらし外山(とやま)なる真折(まさき)のかづら色づきにけり」
と歌います。
それぞれの神楽人は演奏が終わると人長の指示により本方、もしくは末方の座に着きます。これは
「才試み(ざえこころみ)」といい、神楽人の演奏が合格したことを意味します。
ということは不合格の神楽人がいた場合は舞殿から退場させられることもあったのでしょうか・・・

そうして本来は夜を徹して行われた御神楽ですが、昨日はかがり火の中で2時間弱でした。
幻想的で雅な2時間でした。
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当たり前?

昨日からの続きのようなものです。今日はじめての方は先に昨日までの記事を読むと多少わかりやすいかもしれません。
引き続き「まとまっていなくてもいいやっ」と開き直ってどんどん書き進めています。


ところで必ず環境への配慮のはなしでは経済的な損失がいわれます。この部分で神道が世界から注目されているのはそのためです。
過去記事でも書いていますが神道もしくは大きく別けると東洋の宗教と西洋の宗教とでは自然に対する接し方が違います。
東洋では自然は恵みをもたらしてくれる、また時に荒れて災害をもたらす、敬うべき存在であり恐れるべき存在であり共に生きる。
西洋では森を切り開いて畑にする、など自然は人間が支配するべき存在であって共生という感覚は少ない。


だから神道の立場に立つ神主は、自然に負担をかけないようにすることで経済的損失が発生するというのは少し筋が違うと考えます。
自然が先か人間が先か。
これは聞くまでもなく自然が先です。山、川、海、森、自然があるから生命が生きてゆけるのであって、人間が誕生する遥か昔から気の遠くなるような年月をかけて生命が生きてゆける環境を整えてくれている。山だけでなく、海だけでなく、自然界のあらゆるものには神の働きがあるとし、神道では八百万の神々を祀ります。

人間はそうやって整えてもらった環境の中で生きています。もし森林がなければ酸素もなくなり人間は生きられませんものね。
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正直者がバカをみる2

昨日からの続きのようなものです。今日はじめての方は先に昨日までの記事を読むと多少わかりやすいかもしれません。
引き続き「まとまっていなくてもいいやっ」と開き直ってどんどん書き進めています。


今回この一連のことを書こうと思ったきっかけのひとつが、環境について、温暖化について世間でなにやら騒いでいるみたい、でも自分には関係ない。地球がどうやら大変な状況になってきているのでCO2を削減する取り組みをしないといけないそうだ。
でもクーラーの設定温度を高くして暑いのを少し我慢したり、食べ物の廃棄や物や製品の使い捨てをやめてみる。自分だけがそういうことをしても、全人類が一斉にしないと効果はないだろう。だから今自分がすることは無意味だ。と
そういう声をちらほら聞いたり、またブログで見たりしたので、これだけ騒がれていても世間の認識は意外とそういうものなのかなぁと思ったのでした。


最近では某超大国が地球の温暖化防止に対する取り組みにようやく参加すると発表しました。以前は京都で会議をして決められた、「世界の国々が協力してCO2を削減して温暖化を食い止めましょう」という取り決めに参加していましたが、環境への配慮をすると自国の経済に受ける損失が大きい。自国の他にもCO2を大量に排出する国がある、その国も一緒に参加しないと自国も参加しない。などいろいろな理由で京都での取り決めからも脱退していました。
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正直者がバカをみる

昨日からの続きです。今日はじめての方は先に昨日までの記事を読むと意味がわかります。

といいたいところですか、今回はまとめず頭の中に浮かんでいることを吐き出していますから、読んでも意味はわからないかもしれません。まとめようとすると数日間更新が止まると思います。
・・・というわけで「まとまっていなくてもいいやっ」と開き直ってどんどん書き進めることにします。


気になったふたつめ正直ものがバカをみるについて
これに関しては昨日までの記事にもコメントも頂いていました。これは私が個人的に最も大切にし、行動する基準としたいものです。
要は正直に生きるということですが、ここでいう正直、正しくとは「真理」に基づくということで自分や誰かに正直、正しくということではありません。
「真理」とは誰にとっても、いつになっても等しく価値が変わらずに正しいということですからとても難しいことです。


現代の世の中において正直者がバカをみる。これ蔓延しているようにおもいます。行動基準、判断基準、価値観これらが損得を基準に考えるようになったからだと思います。自分にとって損か得か。
聞いて恐ろしかったのは、たしか小学生くらいだったと思いますが子どもが友達とつきあうときに、その相手と友達になるかどうかの基準は一緒にいて得があるかどうかだと。新聞だったかニュースだったかで見た記憶があります。もちろん全てがそうではないですが子供にそういう傾向があるということは大人にはもっとその傾向が強いということでしょう。
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種の共有するもの

昨日からの続きです。今日はじめての方は先に昨日までの記事を読むと意味がわかります。(申し訳ありません。意味はわからないかもしれません。頭にあることをまとめずに直接書いています)

気になったのは2点。
1、世界は個の集合で成り立っている
2、正直ものがバカをみるというのは損得か

そのうちの1点目、世界は個の集合で成り立っているということ。
環境の問題にしても自分だけが頑張っても無意味。世界中の人間が足並みをそろえて同じようにしないとどうせ解決しないのだから、自分も問題に取り組まない。
どうせ世界中の人間が取り組むのは無理だから、もしまわりがするなら自分もする、ということでしょうか。
しかしそれを言ってしまっては選挙は成り立たないですね。言うまでもなく選挙は1人の一票の積み重ねによるものです。自分ひとりの一票を誰に入れようと結果が変わる訳でないのだから自分が投票することは無意味だ。と言っているのと同じです。しかし実際には選挙は無意味ではなくちゃんと機能しています。

1万票対5千票と言う結果であれば自分の1票は、個人としての視線だけで考えると確かに無意味に思えてしまいがちです。
しかしその無意味に思いがちな個が集まって1万なり5千というものになっているのです。世界を形成する個人の重要性は大きいものです。
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理想と現実2

昨日からの続きです。今日はじめての方は先に昨日の記事を読むと意味がわかります。

なんていうんでしょうか、理想はそうしたほうが良いことはわかっている。しかし現実には無理でしょ?という感覚。ただの諦めとは少し違う気もしますが少し似たもの。


争いがおこらないようにするためには、相手を思いやって、ゆずりあうこと。相手の立場でものを考えること。相手のことを認めて受け入れること。
お互いにこれができれば争いにはならないでしょうし、どちらか一方がこうすることでも真正面からの衝突にはならないでしょう。

そうすることが良いのはわかっている。理想はそうだが現実に生きている人間にはそんなことはできない?そんなのは理想であって現実には無理だ。

決してそんなことはありません。少なくてもそういうことができる人間もいます。
私もそんな境地には程遠いですが対立する立場の人どうしでも衝突せずにおさめる事もできるということも経験しています。
正しい事を行うのだからそれに反対するものは正しくない。だから正しくないものは正す、排除する・・・では衝突することもあるでしょう。
ものごとを正すということは必要ではありますが、それは本来は世の中の真理によってなされなければならない。正しい、正しくないという基準は真理に基づかなければいけないということです。真理とは要するに全ての人が正しいと思えること。
もっと大きなこと、国家間でも結局は同じなんだと思います。

宗教はの根底にはそういうもの真理に基づいた指針があります。しかし国家や権力と結びついたり、組織として大きくなるとそういうところが薄れてしまっているのも事実です。
だから宗教の本質に基づいて生きることできれいごとや理想でなく現実になります。
難しいことではあります。でも今の自分には難しいことを人間には不可能だと思ってしまうと希望がないですからね。できる人間がいるということは今の自分にできなくてもできるようになるかもしれないということ。
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理想と現実

今日は(更新が遅れているので日はずれているかもしれません)長崎に原爆が投下された日です。大勢の命が一瞬のうちに消えました。
先日の広島、そして今日の長崎と平和を願う声がきかれます。
大勢の方々のブロクでも平和の尊さ、核兵器をなくそう、そういう話題が多く取り上げられていました。

おそらく平和を歓迎しない人は少ないでしょう。しかし現実には戦争はなくなりません。それを嘆く声も多くきかれます。
戦争がなくならない、核兵器がなくならないことを嘆く声の中には、核兵器が世界からなくなるなんて夢のまた夢だ、戦争をなくすなんて無理だ。という人もいます。そのあたりがちょっと気になっているので今日記事にしました。

北京では平和の祭典などと言われるオリンピックが始まりましたが、それと日を同じくしてロシアとグルジアの戦闘・事実上の戦争が始まりました。
中国内でもチベット問題は解決していないままのオリンピック開催です。

これらを含めて世界中でおきている紛争・争いは民族問題、そして資源がかかわる問題が大半です。
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思い出のラブレター

携帯電話、Eメールが普及した現代では手紙で愛を届けたということはなかなか想像できないかもしれません。電話、Eメールならすぐその瞬間に相手に届きますが、手紙だとこっちが送ってから相手に届くまでに2日、3日、あるいは1週間、と時間がかかります。
そこに手紙のよさがあるのですが、どうでしょうか。

ラブレターは平安時代からさかんに取り交わされていました。愛の告白といえばラブレターでしたから、外国のように面と向かって
「愛してるよハニー」
「あたしもよダーリン」
というのとは違って日本の愛はラブレターで育まれてきました。
ラブレターについての過去記事

というわけでまだ携帯もEメールも普及していないころのはなしですが、手紙でのラブレターを私あてもので味わい深さを堪能してみてみましょう。
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新発見

先月、当神社参集所の解体工事を行いました。
この参集所は明治に建てられたものでした。当神社は貞観元年(西暦859年)創祀ですから歴史としてはずいぶんと古いのですが、現在の社殿は昭和の初期に新しく建てられたものですので、境内で最も古い建物だったのがその参集所でした。

本殿の新築の頃に境内の改修をしていますが、70年が経過して傷みが目立ってきており、危険な箇所も出てきたので平成23年に境内改修事業を計画していました。
参集所の建替え、参道の石畳の補修、境内社の移動というようなことを行うのですが、参集所があと3年もたなかったというわけです。

他にも石畳の補修も大掛かりです。エノキの大木が根で石畳を持ち上げています。これがかなりの勢いでひどいところは段差が20センチほどになっています。
それからエノキの御神木に宿る弁天さんを祀る宮姫社も同じく根で持ち上げられていますので少し引っ越しをしていただくというものです。

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こども

8月の最終日曜日に夏祭りこども神輿が巡行します。今年は8月31日です。

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役員さん方に集まっていただきその打ち合わせが先日行われました。
20数年前に地域の子供たちの健全な育成を目的に地元有志によりはじめられた御祭りです。当時は子供の数も多く大勢の子供でにぎわい、神輿にさわるのも順番でした。しかし最近は少子化により参加人数はめっきりへりました。
子供の数が少ないのでずっと担ぎっぱなしでしんどいようです。子供だけでは担げませんから大人が支えますが、それもかなりきついと。


というわけで参加人数を増やさないといけないということで、もっと地域を広げて参加者を募るとか、考えないといけないということでした。
ちなみに他の神社でも同じようなことが起きています。神主の集まりなどで他の神社の様子を聞いてみても同じよな状況のようです。
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玉串

今日は暑かった。
いや今日も暑かった。が正しい表現ですね。日中は35度を超えていたようです。もうなれましたが・・・

「あつぅぅ~ 」

とは今年の夏はまだ口にしてないと思います。なれましたから・・・
別にそんなに暑くないよ。みたいな涼しい顔をして暑さを忘れることにしています。


今日は以前の記事ではなしが出ていましたが、京菓子司 亀屋良長さんで水祭りがありましたので、水の感謝祭を御奉仕しました。
洛中三名水といわれる醒ヶ井水が湧き出る井戸がこの亀屋良長さんにあって、その銘水のおかげで美味しい御菓子がつくれる。と水に感謝する御祭りでした。

水祭りというと涼しげなイメージを受けると思います。実際来場者の方にはよく冷えた醒ヶ井の銘水、それから銘水を使ってつくられた御菓子が振舞われて涼しげです。
しかし私は・・・暑いです。

そりゃ祭典を行いますから、いつも通り着物をきて、その上から装束をつけます。
井戸の水に感謝しますから屋外での祭典です。昼の1時30分炎天下での祭典です。
みなさんは暑い中大変ですねぇ。と声をかけてくださいます。しかしもちろん暑いのは暑いのですが、そんな耐えられないほどでもありません。
ホラ、なれてますから・・・
炎天下での祭りも頻繁にありますし、神社でも神前へ進むとエアコンなんてありませんからね、鍛えておかないと。
今年はまだエアコン使っていませんもの。神様のところもエアコンないのだし、私も同じく・・・ってちょっと違うか(=^_^;=)ゞ 
先日夏祭りの打ち合わせを行ったときは、役員の方々が集まってくださるのでエアコン使いましたがそのときくらいでしょうか。
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ねこにこばんなねこのごはん最終

昨日からの続きです。今日はじめての方は昨日までの記事を先によむと意味がわかります。
最初は今日の記事だけをおもしろおかしく書くつもりだったのですが、書き始めてみるとどんどん長くなってしまいましたが今日で最終話です。


今までは朝掃除するときに前日の夜にやったと思われるエサの食べ残しがあって、空の容器が散らかっていて、それを掃除するのが日課でしたが、最近はほとんどありません。もうネコがいないということをエサをやっていた人もわかってきたのでしょうか。


・・・そのはずだったのですが昨日久しぶりにありました。以前は透明のいちごパック?(よくいちごが入っているプラスチックのトレー)がよく捨てられていた場所に食べ残しがありました。というか食べてないのでそのまま残っていたのですが・・・
コレです↓

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こ・これは( ̄□ ̄;)!!まさか

かつお節???

近くにいちごパックが散らかっていたので一緒に持ち込まれたものだと思います。
そりゃネコに鰹節ということわざ(?)があるくらいですからネコは鰹節が大好きなんだと思います。
しかし、今どきこの削り器で削る本物の鰹節を知っている人がどれくらいいるのでしょう。私は小さいときに削っていたのを覚えていますが、中学生、高校生は見たことないのでは?鰹節とはパックに入ったあれだと思っているのでは・・・
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ねこにこばんなねこのごはん3

昨日からの続きです。今日はじめての方は昨日までの記事を先によむと意味がわかります。

もともと私はあまり中途半端にものごとを放っておかない性質なので、そんな状況を放っておけずいろいろな対策をやってみました。

たとえば神社の敷地内であれば絶対に従ってもらわなければいけませんが、神社から一歩外に出て神社の前の道路であれば何しても私の勝手でしょう。と開き直る人もいましたので警察の方に現場をおさえてもらって注意してもらったりしたこともありました。
父は警察関係でもいろいろお世話役をしていましたのでそういう部署の部長、課長さんたちにも顔が利きましたし。



エサをやりに来る人は夜に来ていましたので、以前はわざわざ夜に見回りして注意したこともありました。しかし前回の記事で紹介した掲示物を見て、本当になんとかしてあげたいと思っている人もいるということを知りましたので、それからは見つけてもあまり注意しないようにしました。


迷惑をかけているがそれを犯してでもネコを助けてあげたい・・
自分の家に連れてかえれるのはもう無理だがなんとかしたい・・

エサをやりにくる全ての人がそうではないことは重々承知ですが、中にはなんとか周りに迷惑をかけないで済む方法を一生懸命今考えている最中・・かもしれないと思うようにしたのです。

あたりが散らかろうがお構いなしの人も、キャットフードの空き缶を捨てていく人も、エサをばら撒いて行く人も、一生懸命ネコの命を救ってあげるという使命に燃えている・・・のだと。
目の前の使命に一生懸命になりすぎてしまって、ネコがいつも満腹状態だということに気付かないだけだ。
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ねこにこばんなねこのごはん2

昨日からの続きです。今日はじめての方は昨日の記事を先によむと意味がわかります。


その掛札(掲示物)にはこんなことが書かれていました。
(記憶だけをもとにしていますから言葉は違います)


この場所でエサをやっている方々へ
私もネコが大好きですから、いつもここでかわいい姿をみています。おなかが減っていないかなとゴハンもあげたこともあります。でもゴハンをあげている方が大勢いるようで食べ残しがたくさんあったり、空いた容器が散らかっていたりしていて神社の方、ご近所の方に迷惑が掛かっているようです。
幸い今のところ神社の方やご近所の方はやさしい目で見てくださっていますが、迷惑を掛け続けるのはいけないと思います。せめて空き容器が残らないようにする、食べ終わるまで見ていて食べ残しがあったら後始末をする。そういうことをしたほうがいいと思います。
私はここから2匹家へ連れてかえって家で世話しています。家ではこれ以上は無理なので、みなさんも1匹づつでも連れてかえって世話をしてください。


丸っこい可愛らしい字で書いてあったので書いたのは多分若い女性なんだろうと思います。
これを見てエライ!と思わず拍手をしてしまいました。
普通は神社にそんな掛札を勝手にかけられたらすぐに撤去するのですが、内容がそういう内容だったのでしばらくそのままにしておく事にしました。2~3日後にはそれがなくなっていました。本人が回収したのか誰か別の人が取ったのかはわかりません。
しかし残念ながらその後も食べ残しや、空き容器が散乱することに変わりはありせんでしたので、他の誰かが取ったのかなぁと想像していました。
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