神棚を納めたあと

前回の記事で書いていましたが、自宅の神棚を理由があってお祀りを続けることができなくなった場合お祓いをして納めるというはなし。
ちょうどそれをアップしてすぐに、タイムリーな話があったので追加で更新です。

少し前のことになりますが、前回書いた話と同様に、自宅の神棚をお祓いして納めさせてほしいという依頼を受けました。そのときは1のパターンのものでしたが、きちんとお祓いして神棚などはお焚き上げしました。
それからしばらくしてから、その方が頻繁に神社にお参りにこられるようになりました。先日はお世話になりましたと、お会いするたび挨拶してくださるのですぐわかります。

先日も(前回の記事をアップしてすぐ後)お参りにこられていました。その時ちょうど私も外で用事をしていまして、その方の近くにおりましたので話しかけてくださいました。それがそのときの神棚をお祓いして納めた後のことでした。


そのときのお話しはこんな感じ
そもそもなぜ神棚をお祓いして納めにきたかというと、自分の家ではなくご両親の家で祀られていたものですが、ご両親がお亡くなりになってからお祀りをすることができていなかったので長い間放置されていた。その家に住んでいたわけではないのでそこに神棚があったことも忘れていた。
その頃、その方のご主人が目が悪くなってきて、だんだん視力が失われてきたそうです。目が開かなくなってきて、どんどん見えなくなってきたので入院して検査をするも、異常は見つからない。結局3か月入院してあちこち検査したり調べたらりしたがどこにも異常はみあたらないので治療のしようがないということで退院となった。しかし退院後も徐々に目が開かなくなるのは続いており、困ったなぁと御夫婦で悩まれていた。
続きを読む

おつげ日和

まだまだ寒い日が続きますがもうすでに花粉が飛び始めているようです。花粉症の方のために花粉情報が出されていました。まだそれほど大量に飛散しているわけではないようです。花粉日和はまだもうすこし先ですね。

花粉日和とそんな言葉があるかどうか知りませんが、日和関連で連想したのが小春日和(こはるびより)。立春がすぎて春となったのでぽかぽか暖かい小春日和ですねぇ。などと言いたくなるところですが、小春日和は春のことではないですよね。秋から冬のぽかぽかと暖かい日のことを「まるで春みたい」ということで小春日和といいます。わざわざ説明するほどの事ではありませんが・・・


さてさてこれから書く今日の日和は、花粉でも小春でもなく「おつげ日和」です。
「おつげ」とは、神仏がその意思・予言などを人間に告げ知らせること。
夢のおつげがあった、神のおつげがあった、そんな使い方をします。

ですから、「おつげ」は「おすぎ」とは関係ありません。ましてや「ピーコ」とはなんの共通点もありませんので、くれぐれも間違いのないようにお願いします。(敬称略ですみません)



さぁではなぜ今日がおつげ日和なのかといいますと。
今日、夢のおつげがあって当神社へお参りにこられた方がおられたからです。それも2人。
といっても普段からそういう方はもっとおられるのだと思いますが、たまたま私が今日、おつげがあってお参りにきましたという方からはなしを聞いたというだけですけれどね。
以前にも何度もおつげがあって当神社にこられた方もおられますし。http://jinjakannushi.blog89.fc2.com/blog-entry-20.html
続きを読む

昨日夢をみました

私には夢がある。

と世界中でもっとも有名なキング牧師の演説調で今日の記事を書き進めようかと思ったのですが、とてもそんなことはできないので最初の1行だけでやめておきます・・↓

今日の記事は題名のとおりです。
昨日夢をみました。(アップするのが遅いので1週間か2週間ほど前のことです)
私は普段ほとんど夢をみません。
1年に2~3回みるかどうかだと思います。まぁもしかするとみているけれど忘れているだけかもしれませんが・・
まぁとにかくいままであまり夢をみたという記憶がないのですが、ここ最近はよく夢をみます。

で怖い夢だったり、不思議な夢だったりします。そのうちのひとつがなんだか変な夢だったので、ブログ友のとある専門家の方にちょっと聞いてみました。

みた夢とはこんなものです



登場人物は私と父親。2人だけ。ちなみに父親は4年前に亡くなっています。

夢の中身はというと、どういう経緯でそうなったのかはわかりませんが、
父親がニコニコしています。
なぜか私は父親の体をバラバラにしています。
そしてそれを箱につめて整理しています。

なんともスプラッター(||゚Д゚)ヒィィィ!
続きを読む

霊的?11

昨日からの続きです。昨日の記事を先に読むと意味がつながると思います。

肉体は目で見えていますが、心は目では見えない。だから心とは実在するものではなく、脳が作りだした思考のうえだけのものである。目で見えないから存在しないという理論かな?

しかしこの世で確実に存在していると言い切れるものは、目では見ることのできない思考だけです。


なんとなく面白くないですか?
目で見えているものは本当に存在するかどうかはわからない。
目に見えない思考は確実に存在するものである。

「我、無ゆえに有る」なんてデカルトっぽくいってみたりして・・


自分自身がいま存在しているというならば、それとおなじレベルの理屈として霊的な存在が存在しているということは成り立つと思います。
一番最初のはなしに戻りますが、霊的存在とは何のことを指すかということはここでは置いておきます。


人間の思考というものは実体がないけれど確実に存在するもの。思考それそのものも霊的存在であると言い換えられるともいえるでしょう。そしてそれは自分自身という固体(個)ではなく、もっと「大きなもの」の一部といえます。
肉体という目に見えるものがあるとなかなかイメージしにくいですが、思考は目に見えないので逆にわかりやすいかもしれません。

続きを読む前に人気ランキング
http://blogranking.fc2.com/in.php?id=147548

続きを読む

霊的?10

昨日からの続きです。昨日の記事を先に読むと意味がつながると思います。

ちょっと話がアッチ行ったりコッチ行ったりしています。多分読んでいてもわかりずらいと思います。すみません。なにしろ自分の頭に浮かんだことをそのまま書いていますので。
このシリーズを書くきっかけとなった「僕は霊的存在を信じない立場なので・・」という言葉。これは言い換えると自分の存在も信じないと言っているようなものだと思います。

今、目の前に存在する世界は現実か?ということ、
胡蝶の夢のように、人間の自分が蝶になった夢を見ていたのか、蝶が人間になっている自分の夢を見ているのか。どちらともいえない。

目玉に写った情報をもとにして、脳が映像を作り出して「見た」と認識しています。見ている映像は脳が作り出した映像を見ているわけです(現代の科学の説明によると)。耳・鼓膜を通して伝わった音を脳が「聞いた」と認識しています。
だから人間が見たもの、聞いたもの、触れたもの・・・これらが実在のものなのか、脳がつくりだしたもの、思考のうえだけのものなのかはわからない。自分では証明することはできないということです。

今、目の前にある、見ている(脳が見えているといっている)パソコンは実在のものか?
さっき会話した(と脳がいっている)友人は実在のものか?
本当に実在しているのどうかは疑わしい。
しかし、今見ているパソコンは本当に存在するのか?と疑っている「自分」だけは確実に存在する。

続きを読む前に人気ランキング
http://blogranking.fc2.com/in.php?id=147548

続きを読む

霊的?9

昨日からの続きです。昨日の記事を先に読むと意味がつながると思います。といいながらはやくも9回目になってしまいました。皆さんこのシリーズにも飽きてくるかなぁと思いますのでそろそろ締めにかかろうとは思っているのですが、なかなか・・・もう少しだけお付き合いください。


この世の中は本当に存在しているのか?という疑問。今あなたの目の前にある物、会話した人物、触れた物、それは実在のものですか?
本当は脳が作りだした思考のうえだけの存在(空想)ではないのか。
視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚、人間の活動が全て脳によってなされている以上、それらが脳の作り出しただけのものではない、実体のあるものだということを証明することはできないと考えています。

これは少し哲学的なはなしになりそうな気もします。
こういうはなしをするときに私がよく引き合いに出すのが「胡蝶の夢」です。

古代中国の荘子という人のはなしです。
胡蝶の夢
いつのことだっただろうか、私はうたた寝の夢の中で胡蝶(蝶々のこと)となった。
ひらひらと空を舞い、花から花へうつり楽しんでいる。私は私ではなく、胡蝶そのものが荘子となって飛んでいるのである。
やがてふと目が覚めるともとの荘子にもどっている。
荘子がすぐに目をさましたのではない。胡蝶がまず目をさました。そうしたら荘子の目がさめていた。

だがこの現身の荘子が夢の中であの胡蝶になったのだろうか、それともひらひらと楽しげに舞いあるいていた胡蝶が夢の中で荘子という人間になっているのだろうか。
荘子が胡蝶なのか、胡蝶が荘子なのか。
私が胡蝶なのか、胡蝶が私なのか
夢が現実なのか、現実が夢なのか・・・
どちらともいえないし、どちらともいえるようで・・・

続きを読む前に人気ランキング
http://blogranking.fc2.com/in.php?id=147548

続きを読む

霊的?8

昨日からの続きです。昨日の記事を先に読むと意味がつながると思います。

さてさて、
生命・命は霊的な存在であり、目の前の物質は霊的な存在であるという話をしてきました。
生命が活動する「そこ」に霊的な働きがあり、物質が存在する「そのこと」に霊的な働きがある。と。
ひとことでいうと生きている人間も、動物も、木も、山も、海も、石も、全部、この世に存在するものは全て霊的な存在じゃないか。ということになりますよね。神主はこの世のあらゆるものには神が宿るとしそれを「八百万の神々」と言い表します。
人間を含めこの世のもの全てが神ではなく、神の同質のものであるということです。



霊的な存在と聞いて想像するものとして、目に見えないけれど存在するもの。というものが多くの人が思い浮かべるひとつの基準のように思います。
人間でいうと、臓器などは目に見えるものです。胃や肺、それから骨や皮膚など。それに対して「心」は目に見えませんので、心は霊魂、霊、魂、と同一と考えられることが多いようです。
心(霊魂)は実際に存在するものではなく、脳がつくりだしているもので人間の思考のうえだけのはなしである。という主張もあります。たしかにそのように考えることに矛盾点はないように思います。

でもそんなことを言い出すと、そもそも人間の脳で作り出されていないものはあるのか?という疑問。がわいてきます。
今あるこの世界は実在する世界なのか?

続きを読む前に人気ランキング
http://blogranking.fc2.com/in.php?id=147548

続きを読む

霊的?7

昨日からの続きです。昨日の記事を先に読むと意味がつながると思います。

生命、命というものには霊的な働きがある。じゃぁそれ以外のものはどうか。
非生命。山、川、石、土、水、鉄、火・・・・

今、私の目の前に石があります。
黒い、10cmほどの大きさで、つやつやしたキレイな石です。
この石は今、確かに存在しています。
このことも霊的な働きである。霊的な存在であると私は思うのです。

物質が存在するということ、このこと自体不思議なことだと思います。形あるものがその形をとどめるためには、エネルギーが必要です。火なんかはエネルギーそのものですが・・(これ以降は私の乏しい知識では詳しく書けませんので雰囲気で書きます。)
いま私の目の前にある黒い石は御影石です。この御影石は石英、長石、黒雲母という鉱物、要するに石の素材が固まってできています。
この石の素材のもとになっているものは、二酸化ケイ素という物質です。
さらにその二酸化ケイ素を分解すると「ケイ素」と「酸素」に分解することができます。

現代の科学ではこれらをもっともっと細かく分解していけますが、それはちょっとおいていて一体なにが言いたいかというと、今私の目の前にあるこの丸くて黒い石。この石が、石として存在するためには、「ケイ素」と「酸素」がくっついていなければならない。ケイ素と酸素をつなぎとめ続けなければいけない。
物質がその形をたもつためには、存在するためにはそれだけで大きなエネルギーが必要であるといえると思います。


続きを読む前に人気ランキング
http://blogranking.fc2.com/in.php?id=147548

続きを読む

霊的?6

昨日からの続きです。昨日の記事を先に読むと意味がつながると思います。

霊的存在というと実体はないけれど存在するものといえるのかもしれません。ここでいう実体がないというのは目で見えない、あるいは現代の科学では測定できないという意味ででいいと思います。
ただ、多くの人が霊的存在というと幽霊を思い浮かべ、さらに幽霊は実体を持たないけれど、生前の姿のままであるというイメージ。このイメージを全ての霊的存在にあてはめるものだから、霊的存在を信じるだの、信じないだのという発想になるのだと思うのです。


そもそも霊的存在を信じる?信じない?というその発想に私は違和感を感じます。
単純に幽霊を信じる?信じない?というのであればものすごく単純なはなしです。でも霊的存在とはイコール幽霊という意味ではないのでものすごく難しく、深いはなしになってきます。

「霊」という言葉、概念はいろいろな意味があります。今回は神主の立場では書きませんので神道のことはあまり出しませんが、神様のお力を御霊(みたま)とか、前回の記事で書いた人間は肉体と霊魂からできているとする、霊魂とか。かなり深く、広い意味があります。

それから同じく前回の記事で霊魂とは命と言い換えることもできそうだと書きました。
命を信じる?信じない?という言葉に置き換えるとアレ?と違和感を感じる方も増えそうな気もします。

続きを読む前に人気ランキング
http://blogranking.fc2.com/in.php?id=147548

続きを読む

霊的?5

昨日からの続きです。昨日の記事を先に読むと意味がつながると思います。

多くの人々のあいだでは、人間は肉体と霊魂(精神)から成り立っているとよくいわれます。
生きている人間と死体は明らかに違います。しかし現在科学的に測定、認識できる物質は(肉体そのものは)、生きている人間も死体も変らないはずです。
生きていた人が死んだ瞬間、肉体そのものには全く変化はないはずです。
しかし生きていた人間と、死んだ人間はあきらかに違います。ということは・・肉体が同じなのであれば、肉体とは別の何が変ったと考えるのは妥当だと私は思います。

肉体とは違う別のなにかが備わることで人間(生命)になるということなのでしょう。その別の何かを霊魂と表現されることが多いということです。
いろいろ難しいことがあるとは思いますが、生きている人間にあって、死んだ瞬間からなくなっているものということは、霊魂というものは命と言い換えることができそうにも思います。


もちろん霊魂とは命のことである。などというのはものすごく乱暴なのでそんな大それたことはいえません。・・・が、それほどムチャクチャな理屈でもないようには思います。


ところで、今回この「霊的?」シリーズを書くきっかけになったのが、ある方のブログで語られていた神社でおきた不思議な出来事に対して、「僕は霊的な存在を信じないのでその立場からいうと・・・」というコメントがあり(シリーズ初回記事参照)、その出来事はたまたま神社で偶然おきたできごとで神様とは関係ない。自分(人間)の活動・行動によってのみ、ものごとは成り立っている。というのをみたのがきっかけです。


続きを読む前に人気ランキング
http://blogranking.fc2.com/in.php?id=147548

続きを読む

霊的?4

昨日からの続きです。昨日の記事を先に読むと意味がつながると思います。

それじゃ霊的な存在ってなんなんだ?というのをここまでの流れで、というか勢いで続きに書いてみようかと思います。
私の頭の中をまとめずにはき出しますので読みにくいですがご容赦ください。ちなみに神主の立場からは書きませんので、今日は神主のひとりごとではありません。


霊的な存在というのはどういうものことをいっているのか。
ものすごく漠然としているなぁと思います。ためしにネットで検索してみました。最近のサーチエンジンはかしこいので、関連すると思われる検索キワードを出してくれます。
そこで「霊」と関連キーワードを探してみると・・・
幽霊が圧倒的に多いですね。霊って存在するの?とか、霊を信じるとか信じないとか、そもそも今回の言葉にも「僕は霊的存在を信じない方なのでその立場から・・・」ということでしたし・・


続きを読む前に人気ランキング
http://blogranking.fc2.com/in.php?id=147548

続きを読む

霊的?3

昨日からの続きです。昨日の記事を先に読むと意味がつながると思います。

ある人の言葉のなかで「神を霊的な存在」と思っているという内容がありあました。
私はこれがとても新鮮に感じました。
私の感覚では神は霊的な存在ではありません。(霊的な存在とはなにか?は今はおいておきます)
もっと違う別のものとして感じています。自分がごく当たり前にそのように感じているものだから、他の人もそうだと思ってしまってたようです。よくあるはなしです。


私は神主ですので考え方の根本には日本古来の神道があるわけです、すなわち八百万の神々です。この世のものは全てに神々が宿るのであり、山には山の神、海には海の神、花には花の神、もちろん人間も。
今回の「神を霊的な存在」と思う方の場合どちからかというと外国から伝わった宗教感の影響が強いのだと思います。
天上界に絶対唯一の神がおられ、その神が全てのものをつくられた。山も海も花も人間も。人間は神がつくったものであり、神と人間は全く別のものである。

この部分です。
人間は神によってつくられたものであり、神と人間は全く別のものである。
神を霊的な存在ととらえるのは、霊的な存在=自分とは異質なもの。それがあるからだと思います。

続きを読む前に人気ランキング
http://blogranking.fc2.com/in.php?id=147548

続きを読む

霊的?2

昨日からの続きです。昨日の記事を先に読むと意味がつながります。

先日の記事でカール・ユングが登場したのでついでに、同氏の唱える概念に集合的無意識というものもあります。
Wikiより
集合的無意識(しゅうごうてきむいしき)はカール・グスタフ・ユングが提唱した分析心理学における中心概念であり、人間の無意識の深層に存在する、個人の経験を越えた先天的な構造領域である。普遍的無意識(ふへんてきむいしき)とも呼ぶ。個人的無意識の対語としてあり、ユングはジークムント・フロイトの精神分析学では説明の付かない深層心理の力動を説明するためこの無意識領域を提唱した。


これも要するに人間の無意識の深い奥底には自分が経験したことのないようなこと、先天的な記憶とでもいうものがある。それは人類共通のものみたいな感じでしょうか。
過去記事でもたしか書いているはずですが、例えば昔まだ航海技術が発達していない時代、世界中で残っている神話には同じ内容のもの、共通点が非常に多い。話の内容、登場人物、登場する動物、空想上の生き物。
もちろん航海技術が発達していない時代ですので、最初にできた神話が伝わっていったのではなく、それぞれの地域で同じ内容の話しが同時に生まれた。それは人類共通のある種の記憶が働いているのではないか。


集合的無意識というわけではありませんが、人間以外の生物にも種の共有する意識というか、本能というかそういうものも存在するようです。
私はそういう専門的な知識もなく、うまく展開できないと思うので、うる覚えのままの調べずにすすめますが、ある種のなかで数が増えすぎるとその種全体で個体数の調整がなされて最適な数が保たれたり、ある行動がその種全体に広まったり・・・

魚が大量に自分で海から飛び出して死んだり、ミツバチが集団でいなくなったり


続きを読む前に人気ランキング
http://blogranking.fc2.com/in.php?id=147548

続きを読む

霊的?

よくお邪魔していたブログでのおはなしです。
そのブログの管理人さんが非っ常~に落ち込んで、悩んで、精神的な大打撃を受けて、眠れなくなって一日の睡眠時間が1時間未満というような状態が続いている。そんなときのおはなし。

管理人さんが仕事の帰りに普段は通過する駅で降りたそうです。その駅には氏神様の神社がある駅で、なぜだか急に参拝したくなったのだとか。
通勤で毎日通っているのですが、その日はなぜかその駅でおりて参拝した。
神社の参道を進み、大鳥居の前に着いたとき、言葉が響いてきた。
耳を通して聞いているのか、心の奥底から直接頭に響いているのかわからないけれど、溢れるように言葉が流れてきた。

その言葉には今までの自分のあやまち、自分がこれから進むべき道が示されて、清々しい気持ちになって祓われた、救われた。
鳥居の前で涙が止まらなかったと。


でその記事についていたコメント
僕は霊的なものの存在をあまり信じないほうなのでその観点から見ると…
○○神社にて心に浮かんだ言葉は、山本山さん(仮名)が元々持っていたものだと思います。
ただそれに気づかなかった…。
風景が昔の記憶に触れたからか、その言葉が出てきた理由はわかりませんが、その時の気持ちに対して素直になればきっと最善の道が見えてくると思いますよ。


続きを読む前に人気ランキング
http://blogranking.fc2.com/in.php?id=147548

続きを読む

大予言

未来を予言するということで、最近ではというか現在一番有名なのはブラジルのジュセリーノ・ノーブレガ・ダ・ルースという方でしょうか。私はあまり知らないのですが、日本のテレビでも紹介されていますし、本の出版、日本での講演会なんかも行われているそうです。

この方は予知夢をみるそうです。何年の○月○日に地震が起こるとか、アメリカの同時多発テロを予言したとか、かなり細かくはっきりと夢でみるそうです。
またイラク元大統領 サッダーム・フセイン氏の潜伏先を予言したともいわれています。これはアメリカ政府がフセイン氏の居場所の有力情報提供者には賞金がかけられていましたので、それを支払うかどうかで裁判をされているそうですが。

もちろんジュセリーノ氏については肯定意見もあれば、インチキだという批判もあります。
このジュセリーノ氏がどうなかは分かりませんが、私個人的には未来を予知するということ自体はありえることだと思っています。

この世に存在するありとあらゆるものは、始まりは全て同じものであるというのはよく私がいうことで、このブログでも書いています。
私はいま存在していますが、親から誕生しました。私の親は祖父母から、祖父母も・・・とさかのぼってゆきます。地球が誕生したときはもちろん生命のいない状態でした。それがあるとき最初の生命が誕生し、そこから連綿と命の連鎖が続いて今にいたり私が存在する。
それをもっとさかのぼって、宇宙にまだなにもない状態から物質がうまれて、星がうまれて地球がうまれて・・・犬がうまれて、山がうまれて、私がうまれて・・・
みんなつながっています。

続きを読む前に人気ランキング
http://blogranking.fc2.com/in.php?id=147548

続きを読む